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死んでしまいたい、そう思っていた。
新卒で入社したIT企業はブラック企業で膨大な仕事を押し付けられた。家に帰るのが0時過ぎなんて当たり前。もちろんサビ残。上司は漏れなくパワハラ上司で高園瑠衣は日夜キツく当たられていた。
慰めてくれる恋人なんかいやしない。
みんな新卒で忙しく、友達と会うことすら叶わなかった。
瑠衣は会社のビルの屋上に上がっていた。ここから飛び降りてしまえば楽になれる…屋上のネットに指を食い込ませ地面を見下ろした。
そんな時だった。
「高園!」
ふと名前を呼ばれて振り返ると先輩の北条 奏が立っていた。
切れ長の瞳が瑠衣を睨むように見つめている。
「奏先輩…」
「お前何やってるんだ?」
奏が怒気を孕ませた声音で瑠衣を詰問する。
死んでしまえたらって考えてましたなんて言えるわけがない。
「ちょっと…ちょっと涼んでただけです」
瑠衣がそう答えると奏が「ふぅん」と言いながら近づいてきた。
カシャンとネットに両腕をかけて奏が瑠衣を閉じ込める。
「奏先輩⁉」
途端、奏が瑠衣に口付けた。
「んっ、ぅ」
死ぬほど辛い思いをしているのに今度はゲイに目を付けられてしまったのか?瑠衣は己の境遇に涙が出そうになる。やっと唇が剥がされると瑠衣は肩で息をした。
「お前が屋上上ってくの見えたから」
「なん、で、こんなっ」
こんな…男にキスなんか…俺は頭が混乱して何も考えられなくなる。奏先輩がゲイだったなんて今まで微塵も感じさせなかったのにどうして急に?
「死ぬくらいなら俺とヤッてくれよ」
奏が瑠衣の顎を持って再び口付けてくる。
「ん、ふ…」
瑠衣の瞳から涙がこぼれた。酷い、酷い屈辱だ。自分も男なのに、男にいいように遊ばれて。しかも死ぬくらいならって…バレてるし。
「泣くなよ。なぁ、死ぬんだろ?」
やがて嗚咽が零れて瑠衣はその場にしゃがみこんだ。
奏のことは尊敬していた。仕事が早くて実直で、パワハラを受けた瑠衣を励ましてくれたりもした。それなのになんでこんな…
しゃがみこんでしまった瑠衣に奏もしゃがみこむ。カシャンと音を立てて屋上のネットに押し倒された。これは危険だ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、と思うのに奏のキスで足が震えて上手く立てない。
「やだっ、奏先輩っ」
奏の切れ長な瞳と弧を描いた唇がニィッと笑う。
こんな不気味な奏の笑顔を見たことがなくて瑠衣は背筋が凍る思いになる。
「死ぬくらいなら俺の奴隷になれ」
瑠衣は呆然とその笑顔を見つめた。
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