1 ある電車内。23:20

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1 ある電車内。23:20

 袋田の左右にスーツ姿の男が座る。左からはアルコール臭がする。左右とも、ご多分に漏れず、スマホをいじっている。さらに左奥の方から、男のイビキが聞こえる。少し混み合った車内。イビキは正確なピッチを刻む。袋田は、スマホの振動のようだと思う。そう思った瞬間、その振動が止まった。  今日も仕事で目一杯の愛想笑い。誠実に、とにかく誠実に振る舞う。決して相手を責めない。自己の落ち度を常に疑う。袋田は、そんな自分が心底嫌である。同僚達は、あまり深く考えずに、さっさと仕事を終える。それで何ら問題ない。自分と何が違うのか。分かっている。自分は自分に過保護なのだ。誰からも嫌われないように。それで自分が嫌になっているのだから、世話がない。  左奥から、スマホ振動型イビキが復活する。袋田はなぜか癒される。隣の酒臭さにも。ほら、皆もっと自由じゃないか。いつから自分はこんな風になってしまったのか。
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