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皇にきゅん
「皇おはよう」
「…おはよ」
受験が終わり学校は自由登校になったが、春太の「高校生活は一生で一度切りなんだよ?もう制服なんて着れないんだからギリギリまで行こ!」との力説で、バイトを入れていない日はいつも通り登校している。
同じタイミングで家を出た皇に声をかける。
相変わらず朝は眠そうだ。
皇はふらふらとこちらに近付いて来ると、背後からぴったりくっついてきた。
「あったかい…」
「そんなに着込んでるのにまだ寒いのか?」
「うん…だからあっためて」
ぎゅっと力を込められる。
近い近い近い。
「ちょ、動きづらいって!」
「あゆむいい匂いがする、好き」
前も好きだなんだと言われていたが今は意味が違う。
髪に鼻を埋めて匂いを嗅がれて、オレはぎょっとして力の限り皇を引き離した。
「や、やめろって!」
「…怒った?ダメ?」
「怒ってないけど…勝手に匂いを嗅ぐのはダメ!」
手でバツを作って皇に見せると、皇はわかったと頷く。
「許可取ってからにする」
「許可するかっ!」
えー…と不服そうに眉を下げる皇。
それから学校に着くまで、会話の合間にさりげなく何度もダメ?と聞かれ続けた。
*
「ハルちょっと遅れるって」
「おー」
帰りにジョナに寄る約束だったが、春太がクラスメイトの陽の皆さんに呼び出されてしまったので、暫し図書室で時間を潰すことにした。
まだ放課後には早い時間、図書室には数人しかいない。
春太からの連絡を伝達してくれる皇に生返事を返す。
適当に手に取ったライトノベルが面白くてつい熟読してしまったのだ。
「あゆむそれ面白いの?」
「んー?うん」
「俺も読んでみようかな」
「うん」
「…あーゆーむー」
「うん」
「………キスしてもいい?」
「う…、は?!」
耳元で囁かれた言葉にびっくりして顔を上げる。
「な、なっ…!」
「なんだ、そのままうんって言ってくれるかと思ったのに」
オレの反応を見て皇は悪戯が成功したようににんまりと笑った。
ちゃんと返事をしなかったオレが悪いけど、その冗談は笑えないぞ。
「あは、は…ちょっと次の巻取ってくる!」
返事に困ったオレはその場から逃げた。
皇から隠れるように本棚のラックの影に身を潜める。
なんだ今の、なんか、なんかやらしかった!
いつもの皇の声じゃなくて、低くて、なんかねちっこい!
『俺も、もう遠慮しない』
あの時皇に言われたことが蘇る。
遠慮しないって、こういうことするのを今まで我慢してたってことか?
むっつりじゃん!!というか今までみたいに遠慮してほしい!
なんだかこの先のことを思うと不安が募る。
「よ、」
目の前のラックの上の段にある続きの巻を取ろうと腕を伸ばす。
む。意外と高くて取れない。さっきは下の段にあったのに。
「これ?」
「あ、」
背伸びをしてもう少しのところで手が届くかなというところに、後ろから伸びてきた腕に容易く本を取られた。皇だった。
「はい」
「あ、ありがとう…?」
「……」
受け取ろうとしたが中々渡してくれない皇に首を傾げる。
「?」
「…ねぇ、あゆむはさ」
皇の指がオレの顎を辿って、くいっと顔を上に向けさせられる。
「どうやったら俺のこと、意識してくれるの?」
「え…」
元から形の整った凛々しい眉を八の字に下げ、オレを見下ろす皇はすごく切なげな表情をしていて。
見たことのない皇の表情に戸惑っていると、そのまま唇が触れ合いそうなぐらい皇の顔が近付いてきた。
「ねぇ、本当にこのままキスしたら…意識してくれる?」
吐息が当たってくすぐったい。
真っ直ぐ見つめてくる皇から目が離せない。
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