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幸せの終わり
それから数日経って、無事オレも皇も親から了承を得ることが出来た。
昔から仲良しなことを知っているので、オレの親も皇の親も快く許可してくれた。
なんならお祝いに敷金礼金を三家族で出してくれるという有様だ。
遠慮していると、ここは受取るのが礼儀だとそれぞれ言われてしまったので、有難く頂戴することにした。
オレ達は三人でネットやら街中の不動産のチラシを見て新居のイメージを固めていった。
バイトがない日を合わせて、放課後にジョナでそれぞれの理想を話し合ったり、一緒に家具や家電を見に行ったり。
忙しいけど楽しい毎日だ。
まだ受験も終わっていないが、新しい生活のことを思うとついつい想像が膨らむ。
「ハッ、ダメだ。今日は集中して勉強する日だろ」
自室のデスクで参考書を広げたまま、夢うつつに妄想していたのを止める。
目の前の数式に目を向けるがうーんと中々頭に入ってこない。
こりゃダメだ。一回集中が切れると中々その気にならない。
オレはぐっと伸びをして、休憩を取ることにした。
そういえば読みかけの漫画があったんだった。
「ふはは」
だらしなくカーペットに寝転んで漫画を読む。
30分だけと決めて読み始めていたが、気が付いたら時間を忘れて最後まで読み切ってしまった。
まあこういうこともある。
「あ、皇も読みたいって言ってたな」
確かこの漫画を買う時に、読んだら貸してと皇に言われていたことを思い出した。
チラリと時計に目をやる。
今日はバイトがあると言っていたが、もう帰っているだろうか。
いなかったら明日学校で渡そ。
「ちょっと皇ん家行ってくる」
そう告げて俺は家を出た。
外に出るとまだ夜には早い時間なのにすっかり暗くなっていて、冷たい風に身震いする。
部屋着の薄いパーカーで外に出たのが間違いだったか…でも皇ん家すぐ隣だしな。
そのまま行くことを決めて門から出たところで、皇の母に呼び止められた。
「あら〜あゆむくん!」
「あ、こんばんは」
「あゆむくんもお出かけ?あ、また三人で集まるのね」
「え?あ、はい…」
“また”という言葉が気になったが、急いでいるようだったので特に深追いはしなかった。
「皇のお母さんは買い出しですか?」
「そうなのよ!今日は特売で!ほら、あの子よく食べるから」
「確かに…」
皇はよく食べる、それも物凄く。
身体が大きいからそれに見合うエネルギーも必要なのか、人一倍食べるのだ。
ジョナでもいつも軽く三人前は食べている。
永遠の食べ盛りなのだろうなと思う。
「食費が嵩んだら遠慮せずに皇に負担させてね!それじゃ、皇も春太くんも部屋にいるから勝手に入ってね」
「えっ、あ、はい…ありがとうございます」
それじゃあねーと元気よく自転車を走らせて皇の母は去って行った。
「ハル来てるんだ」
皇の家の周りには桜色の自転車はなかった。
皇やオレの家から春太の家は少々距離がある。
いつもなら電車を乗り継いで来るが、最近は節約!と言って自転車で来ていた。
それなのに今日はその自転車がない。
自転車で来るとオレがたまたま外に出た時に見つかるから?
胸の辺りがザワザワする。
今日は皇も春太もフルでバイトに入ってるって言っていたのに。
数日前に感じた不安がぶり返す。
「いや、」
いやいや二人に限ってそんな。
仲間外れにするみたいなこと。
「……」
オレはドクドクする胸を押さえながら、皇の家に入った。
「お邪魔しまーす…」
なんだか気付かれてはいけない気がして、小声で呟く。
家の中は相変わらず綺麗で、北欧風の家具が可愛らしい。
しん、と静かな空間に不安がどっと押し寄せてきた。
漫画を入れた紙袋の紐をぎゅっと握り締める。
いや多分、バイトが終わる時間がたまたま一緒で帰り道にたまたま居合わせて、そのまま遊びに来たのだろう。
二人のバイト先は逆方向だけど。
「……っ」
皇の部屋はニ階なので階段を上がる。
音をたてないようにゆっくり。
皇の部屋に近づくにつれて声が聞こえてきた。
「…ぁ、」
くぐもっているけれど、それは春太の声だった。
苦しそうな、でも違うような、聞いたことのない声。
びっくりして足を止めると、そのまま部屋の中からあ、あ、と艶めかしい声が聞こえ続ける。
聞いちゃダメだと頭が警笛を鳴らす。
ドキドキと鼓動が早くなって、心臓が喉から出てしまいそうだった。
喉が乾いて仕方なくて、唾を飲み込むとゴキュリと音が鳴った。
「はぁ…ぁっ」
春太の甘い声にドアノブにかけた手が震えた。
絶対に開けちゃダメだ。
今すぐ帰って今日のことは忘れて、何も知らないフリをしないと。
と思うのに、中が気になる。
二人がナニをしているのか知りたい。
「……ひ、!」
扉を開けて目に入った光景に悲鳴を上げそうになった。
慌てて口を押さえて後ずさる。
皇も春太も裸だった。
熱が篭り、嗅いだことのある匂いの何倍か濃いもので充満した室内の、皇のベッドで二人は重なっていた。
扉が開いてオレが見ていることにも気付かないぐらい夢中で。
オレは動けなくなって、二人から目を離せない。
全身が震えて歯がガチガチとなる。
力が抜けて握り締めていた紙袋を落としてしまった。
その音に、ふと皇の下で顔を赤くした春太の潤んだ目と目が合った。
「!」
春太からさっきまでの恍惚とした表情が消え失せた。
殴る勢いで上に乗る皇を退かせ、ベッドから飛び起きる。
その時に見えた春太の下半身が濡れていて、オレはぎょっとして咄嗟に逃げ出した。
後ろから叫ぶ声がして、あゆむ!と名前が呼ばれたが止まれない。
階段を駆け下りる際に足がもつれ最後のニ段目で転げ落ちた。
膝を打ちつけて痛いはずなのに、痛みも忘れて急いで家を出る。
そのままなんだか家に帰ったら二人がやって来そうで、会えなくて、目的もなく走った。
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