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刑事は巻き込まれた青少年を保護する
「あっ……」
少女は両目を大きく見開くと、椅子に座ったまま体をびくんと痙攣させた。
不気味な形のもやはまとわりつくように形を変え、見ようによっては入り込む場所を探しているようにも見えた。
だが少女が「ううっ」と呻いて苦し気にもがくと、もやは鋭い棘にでも触れたかのように離れ、若者の身体にするりと舞い戻った。
「……△▽○◇」
若者は先ほどまでの柔和な表情を険しい物に変えると、目論見が外れたことに苛立ったのか唐突に席を立った。
――今度は何をする気だ?
俺がさらに見続けていると、驚いたことに若者はテーブルに突っ伏している少女をその場に残し、介抱もせずにテーブルから離れ始めた。
――おい、いくらなんでもそれはないだろう。
俺は若者が会計を済ませ店を出たことを目で確かめると、ベーカリーを飛びだし少女のいる店に向かって駆けだした。
「すみません、待ち合わせです。連れが先に来ているので探させてください」
俺は応対に現れた店員にそう告げると、迷わず少女のいるテーブルに移動した。
「おい、大丈夫か」
俺が肩を揺すっても、意識が無いのか少女はぴくりとも動かなかった。
まずい、こいつは救急車を呼ぶことになるかな、俺がそう覚悟しかけたその時だった。
「んっ……うーん」
小さな呻き声と共に背中が動くと、少女がテーブルからむくりと上体を起こした。
「あ……」
少女は頬にかかった髪を払うと、うつろな眼差しで俺を見上げた。
「刑事さん……どうしてここにいるの?」
「君がマネージャーとこの店に入るところを、離れたところで見ていたんだ」
「マネージャー……あっ、そういえばさっきまでいたのに」
「奇妙な若者に、何かを植え付けられそうになったね?」
「植え付けられる……?あ、そういえば私、オーナーに会わせるって言われてここに来たんです。……でも、オーナーもいませんね。おかしいな」
「オーナー?……そうか、あの若者が店のオーナーだったのか。道理でマネージャーに何かを「指示」していたわけだ」
「二人とも、どこへ行ったんでしょうね」
「店を出て、どこかに行ってしまったようだ。意識を失っている君をここに残してね」
「意識を失った?……私が?」
俺は頷くと「詳しい説明は、後で改めてしよう。とりあえず今は一旦、家に帰った方がいい」と言った。
俺は少女を促すと店員に事情を説明して出口に向かった。俺たちが往来に出ると、すでにマネージャーとオーナーの姿は消え失せていた。
「家の近くまで送って行こう。落ちついたら改めて警察に連絡をくれ」
俺は不安げな表情の少女に最寄りの駅名を聞くと、先に立って歩き出した。
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