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死神は専門外の敵に匙を投げる
『子供使い』が手にしている短い杖は先端部に女の顔があり、軸の部分に蛇のような生物が巻きついている気味の悪いものだった。
――亡者か?生者か?
『子供使い』を雇っているオーナーが身体から黒いもやを出していたことを思い浮かべつつ、俺は身構えた。非番なので武器は携行していない。仮に持っていたとしても、まだ容疑が固まっていない相手に対しては使えないだろう。
「おまえの身体、動かなくする。助かる方法、ない」
『子供使い』が杖の先端を俺の方に向けた瞬間、見慣れた邪気とは明らかに異なる「何か」が俺に向かって襲い掛かってきた。
――うっ……なんだあれは!
それは一言で言うと女の顔をした霊体だった。だがただの死霊や生霊でないことは、頭の下で尻尾のようにうねる内臓めいた形の霊気からも明らかだった。
「――ぐっ!]
女の顔は目の前で巨大化すると、俺の喉笛に生きている人間のように喰らいついた。
――死神、聞こえるか?返事をしてくれ!
俺が「相棒」に語りかけながら女の霊を手で振り払うと、今度は俺の口に自分の口を押しつけて生臭いエクトプラズムのような霊的物質を俺の体内に流し込み始めた。
「ぐ……うぐっ!」
俺は体内深く潜りこもうとする邪悪な霊気を吐き出そうと身を捩ったが、必死の抵抗も虚しく女の霊はあっという間に俺の内臓全体に菌糸のように広がっていった。
――だめだ、このままでは本当に命を奪われる!
女の霊気はそれまで順調に動いていた俺の臓器を一瞬で鈍らせ、俺は自分が冷たい骸になりかけていることを悟った。
――どうした死神、この疫病神を早く俺の身体から追いだしてくれ。
――こいつはわしの手に負えん。霊気を追いだすには操っている術師を倒さねばならん。
徐々に小さくなってゆく死神の呟きを聞きながら、俺が死を覚悟したその時だった。
耳の奥にオートバイの走行音らしき音が微かに聞こえてきたかと思うと、みるみる大きくなっていった。
はっとして敵の方に顔を向けた俺は、思わず目を瞠った。黒いヘルメットとライダースーツに身を固めた人物が『子供使い』を追い越した瞬間、すり抜けざまに『杖』をひったくり、女の顔が着いた先端部を地面に押しつけたのだった。
「ぎいいいっ!」
頭を擦られた杖が不気味な悲鳴を上げた途端、内臓を縛めていた力が消え失せ俺はその場にがくりと膝をついた。
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