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刑事と鳩はかかしの無事を祈る
「謎のサプリに『子供使い』かあ。……よくよくおかしな事件を引き寄せるのね、あなたって人は」
俺の報告に耳を傾けていた沙衣は茶化すように言った後、ぶるっと身体を震わせた。
「おかしな事件だからうちに来るんだよ。……それはそうと最近、年下の彼氏ができたそうじゃないか。息抜きもいいが浮かれて捜査に支障が出ないようにしてくれよ」
「ああ、そのこと。……写真があるけど、見る?」
沙衣はふいに悪戯っぽい表情になると、俺の前に携帯の画面をつき出した。
「んっ?……なんだこりゃ」
携帯の画面に表示されていたのは、生まれて間もない子猫の画像だった。
「これは、祥子さん……荒木の奥さんが飼っている奴じゃないか」
「そうよ。時々メールで画像を送ってくれるの」
俺と沙衣はある事件の捜査中、段ボールに入れられ放置されていた捨て猫を拾ったことがあった。幸い、事件の関係者である女性が連れて帰ってくれたお蔭で今は幸せにすくすくと育っているというわけだ。
「こりゃあ、振り回されそうな彼氏だな」
「でもねカロン、彼、もてるから私のことなんて遊び相手くらいにしか思ってないの」
「遊び相手か。たしかにやんちゃそうだ」
俺が自分の内側に潜む「あいつ」が、子猫の画像を見たとたん、小さくなるのを感じて苦笑したその時だった。
「おいケン坊、ちょっと付き合え」
風のように入ってきたダディが、事務仕事をしていたケヴィンに野太い声で呼びかけた。
「は……はいっ」
ばね仕掛けの人形のように椅子から立ちあがったケヴィンは、そのままくるりとダディの方を向くと「な、なんです?どこに行くんです?」と怯えた声で返した。
「署内の道場だよ。身体がなまってるんで運動して来ようと思うんだが、相手がいないといまいち、身が入らねえ」
「な、何のお相手です?」
「まあ柔道の一種だ。と言っても我流の武道みたいなもんだがな」
「あまり気が進みません……俺の体格じゃあ頼りないでしょうし」
「ふん、そんなこたあ百も承知だよ。つべこべ言わずに来い」
「……あああ兄貴い!」
ケヴィンにすがりつかれた俺は、咄嗟に慈悲深い先輩の顔をこしらえた。
「参ったな。これから『子供使い』がマネージメントを手掛けているという噂の店に行くつもりだったんだ」
「そ、それじゃ俺が付きあいます。一人じゃ心もとないですよね?」
「あ、カロンのお供なら私がするわ、ケン坊」
ケヴィンのささやかな望みを絶ち切ったのは、沙衣だった。
「ちょっと胸が悪くなるような事件だけど、このまま未解決にしておくわけにはいかないものね」
沙衣は「そんなあ」と床に崩れたケヴィンに「大丈夫よ。いくらダディでも貴重な部下を再起不能にはしないから」と囁くと、「行きましょ、カロン」と言って身を翻した。
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