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刑事と鳩は初めてのお屋敷に帰る
「お帰りなさいませ、旦那様」
雑居ビルの半地下にある店の入り口で俺たちを出迎えたのは、人造人間のように無感情なメイド少女だった。
「あ、ええと……」
「お席へどうぞ旦那様、お嬢様」
作法の分からぬ俺たちを、メイド少女はそつのない挙動でテーブルへと誘った。
「おい、旦那様だとよ」
俺が後ろの沙衣に話しかけると、驚いた事に沙衣がメイドに「お嬢様じゃなくて奥様ってことでもいいかしら」と珍妙なリクエストを口にした。
「失礼いたしました。お帰りなさいませ、奥様」
テーブルについた俺たちがオムライスを注文すると、メイド少女は「かしこまりました」と一礼してカウンターの向こうに引っ込んだ。
「旦那様と奥様、か。別に娘でもいいんじゃないのか」
「お嬢様なんて年じゃないもの。それにこんなやさぐれたパパはいや」
「まあ、好きなようにしてくれ」
俺は沙衣の妙なこだわりに肩をすくめると、「あのメイドどう思う?俺には久具募早苗と同年代に見えるが」と問いかけた。
「私もそんな感じに見えるわ。なんだか作り物みたいに見えるのはメイクのせいかしら」
「あるいは前の店以上に、『子供使い』とやらの催眠暗示が強力なのかもしれないな」
百目鬼からの情報によると『ぽぴいしーど』という名のこの店は、『子供使い』ことマティアナックがマネージャーとして店員の教育を任されているとのことだった。
「オムライスでございます、旦那様」
「あ、ああ」
俺は慣れないロールプレイに戸惑いつつ、これが今どきの接客かと落ち着かない気分になった。あどけない顔に人工的な笑みを浮かべたメイドがケチャップでハートを描いている様子は、アンドロイドの店に来てしまったような非現実感があった。
「……それで、どんなやり方でマネージャーを引っ張り出すつもりなの?」
オムライスを口に運びながら、沙衣が声を低めて俺に尋ねた。
「前の店での応対が良かったから礼が言いたいとか何とか、適当に理由をつけて出て来てもらうさ」
俺は沙衣に劣らず低い声で言うと、ポケットから『死霊ケース』を出して見せた。
「今日は様子見だ。一応、『被害者』には面通しさせるつもりだがな」
俺はオムライスを平らげると膝の上でケースの蓋を開け、ハンドベルでメイドを呼んだ。
「どうなさいました、旦那様」
「この店に、以前『プルーティポーション』っていう店にいた店員さんがいるって聞いたんだが」
「ええと……どの子ですか?」
「メイドさんじゃなくて男性のマネージャーなんだけど」
俺が補足すると、メイドのガラス玉のような瞳に警戒の色が現れた。マネージャーと言いう言葉に反応したのかもしれない。
――店の内部事情について問われたらこうなるよう、暗示をかけられてるのかもしれないな。
「マネージャーに、どのようなご用事でしょうか」
「前にうっかり、使えないカードを持って来てしまったことがあってね。近くの銀行を教えてもらって現金で払ったことがあったんだ。その時に対応の仕方を教えてくれた人がここにいるって聞いて、一言お礼を言いたくて」
「……少々、お待ちください」
俺は判断を仰ぎに引っ込んだメイドの背を見ながら、さて、ここからは刑事の時間だぞと自分に言い聞かせた。
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