死神は生者を救えない

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死神は生者を救えない

 接見室のアクリル板越しに見る両親は、思ったより健康そうだった。 「ここまで来たら、再審に期待するより刑期の短縮に期待した方が前向きに過ごせるよ」  親父はめっきり白い物が増えた頭を掻きながら、息子の俺に向かってそう告げた。  俺の両親は十二年前、彼らの古い知人である医師を別荘で殺害したという容疑で逮捕され、物的証拠がないにもかかわらず起訴されて禁固十五年の有罪判決を受けたのだ。 「なにもできなくてごめん。色々と調べてはいるんだけど、俺の力じゃ限界があって」 「そんなことより仕事はうまく行ってるか?」  親父がそう尋ねると、隣のお袋が「危ない目には遭ってない?」と家にいた時と同じように心配げな目をアクリル板の向こうから寄越した。 「大丈夫だよ。……とはいっても危険から距離を置いてたら成り立たない稼業ではあるけどね」 「そう……」  達観したかのような二人を見ているうちに、俺はつい「なあ、あの事件さ……」と胸の内に押し込めていた問いを口にしかけていた。  ――親父たちが無実の証明に必死にならなかったのは、真犯人を知っていたからじゃないのか?  俺が呑みこんだ問いかけの中味は、正面から聞いてもはぐらかされるような意味のないものだった。もちろん、刑事である俺が気づくような疑問は、取り調べの段階で誰かが質しているに決まっている。そして――  この二人なら仮に誰かをかばっていたとしても、決して口を割ることはないに違いない。  学生の息子を放りだす形になっても、あえて無罪のまま投獄を選ぶような人たちだ。仮に誰かをかばっているにしても、俺なんかには想像もつかないような事情があるに違いない。 「……また来るよ。いい知らせがなくて申し訳ない」 「来てくれるだけで充分だよ」  短い接見を終えた俺は、己の無力感にさいなまされながらとぼとぼと帰途についた。                  ※ 「冤罪事件の再捜査だと?お前、夢でも見てんじゃねえか?うちは未解決のコールドケース専門の捜査班だ。解決済みの事件に用はねえんだよ」  俺が申し出た十年前の事件の洗い直しを、愛情あふれる人格者の上司はいともあっさりとはねつけた。 「ちょうどお前におあつらえ向きの事件がある。くだらない夢の事なんか、とっとと忘れちまうんだな」  ダディこと壁蔵大三(かべくらだいぞう)は俺の訴えを無視すると、もういいだろうとばかりにさらりと話の流れを変えた。  ダディは俺の両親が逮捕され、服役中であることを知っている。冤罪の可能性が高いにも関わらず、再審が拒まれているということも。  要するに、ダディは俺にこう言いたいのだ。「面倒なことに今さら首を突っ込むな。エネルギーを無駄に浪費させられた挙句、失望するのがおちだ」―と。 「――ほらよ、資料だ」  書類の束で頭を叩かれ、俺は「なんです?この紙くずは。資料なら俺の端末に転送してくれりゃ済むでしょう。キー一つ叩くだけの楽な作業だ」  だがこの上司は俺に関して熟知している。リモートだのなんだのといった現場感に乏しい仕事の仕方を、俺が決して好まないという事を。  わざわざ紙の書類を用意して、相手の前にどさりと放り出す――こう言った手間ばかりかかる胸糞の悪いやり方が俺は――大好きなのだった。  自分の席に戻り、『回向坂(えこうざか)商店街 女子高校生死亡事件』と記された資料に目を通し始めた俺は最初の数枚で「何だこの事件は」と声を上げていた。
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