麻雀少女青春奇譚【財前姉妹】完結!

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13巡目 ◉贅沢な生き方 「はー、食べた食べた。ごちそうさまでした」  紙ナプキンで口元の汚れを拭うとメグミは先程の話の続きをし始めた。 「でえ、井川さんの何が凄かったかって大三元の局ね」 「あれは凄かったですよね!」とマナミも言う。 「うん、結果的にアガれたし。凄いのだけど。何が凄かったかはその結果の部分じゃないの」 「っていうと?」 「あの時、私は井川さんの対面の手を見てたわ。対面にいたのは私の同期だからちょっとだけ興味があったの。そんなに仲良しでもないんだけどね」 「そう言えば対面を見てましたね」 「うん、でもね。途中で遠くから見てるマナミの瞳孔が開いたの。動きも止まるし。カオリちゃんなんか『ぽかん』と口開いてるしで。何か起きてるって思って。自販機に飲み物買いに行くふりして移動してみた。対局者の周囲をグルグルするのはマナー違反だからね、さりげなく移動したのよ。そしたら大三元じゃないの」 「ど、瞳孔??」かなり離れて見ていたつもりだったがメグミはどんな視力をしているのだ。いや、それよりも。なぜ外野の反応に気付いたりできるのか。プロはこわいな。と思うマナミたちだった。 「少なくとも、私の同期はそれで気付いて止めたっぽいわね。本来なら一が止まる手ではなかったから」 「そんな、ごめんねえミサトぉ」 「いいわよ、おかげで大三元になったし、結果オーライよ」 「凄いのは井川さんのその雰囲気。全然分からなかった。少しも役満の空気にはなってなかった。たいした手じゃないよ、みたいな顔で。あんな演技はなかなか難しいわ」 「あの時は自分は5200を張ってると思い込ませていたので」 「どういうこと?」 「あの白仕掛けはマックス16000ミニマム5200のつもりで鳴き始めた手でした。なので5200だと思い込んで打つことで役満を悟らせない空気作りを心掛けていたんです」  この子は本当に10代か?!あまりのことに成田メグミは言葉を失った。 「………天才…いや、それ以上…。気をつけてよ財前姉妹。あんたら、この子にきっと追いつかれるよ。こんな新人は見たことない」 「それは楽しみね」とカオリが言い 「ふふ、望むところよ!」とマナミが言う。それは言葉通り楽しみだし、望んでいるから。ミサトは強くなきゃ!それでこそ、ライバル! 「ミサトは私達の中でいっちばんストイックで凄いんだから」とメグミにミサトのことを自慢するかのように話すカオリ。カオリは仲間が褒められるのが一番嬉しいのだ。 「しかし、三ラスから始まるなんて思わなかったわよー。プロで活躍出来ますようにって鹿島神宮にもう一度祈願に行ったのにな!」 「えっ、ミサトが?!」 「神頼みとか興味無いって言ってたじゃん!」 「んまぁ…そうなんだけど。なんとなくね」 「らしくないことするからー!」 「ハハハ!ほんとね!」  全員食べ終えて飲み物もこれ以上入らないくらいおかわりしたので4人はここらで茨城に帰ることにした。 「ねえ、アンタ達。がんばりなさいよ。せっかく自分が好きなことのプロ選手になれたんだから妥協しないでがんばるの。たいした成果を出してない私が言ってもって思っているでしょうけど。それはそれよ、私のことは放っておきなさい。アンタ達の話だから」 「はい!」 「いい返事!あのね、私達はなにか仕事をして生きていくしかないの。専業主婦だって家庭内の仕事をしてるには変わりないし。でも、ほぼ全員と言えるくらいの多くの人が働きたいと思って働いているわけじゃなくて妥協して働いてるの。でも、アナタ達は違う。夢のような未来が待っているわ。『好きな事をして生きて行く』って言う、贅沢な生き方が許されるの」 「贅沢な生き方…」 「そうよ。みーんな頑張って生きているの。やりたくないことをやったりしてね。でも、アナタ達は好きな事だけを頑張ればいい。そう言う特権を手に入れたのよ。麻雀好きが麻雀プロになるってそう言うことだから。私はプロになって幸せなことばかりよ。自分がヤダと思う仕事はしないしね。私からのアドバイスは『いつも麻雀を好きでいなさい』ってこと。それさえ出来るなら、幸せはあなた達から離れないわ」  そう言うと、メグミは自分にも言い聞かせるように 「好きな事を仕事にする。そんなに幸せな生き方は他にないんだから」 と言った。 それには、『だから、私も頑張ろう』というメグミ自身への鼓舞も含まれていた。
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