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14巡目
◉サービス業
スグルの接客は高く評価された。それは何も卓外のことだけではない。スグルは卓内でも優れた接客をする従業員だった。その最たるものが、人知れず行う、誰にも気づいてもらえず感謝もされない接客にあった。
ラス前の北家でスグルがトップ目という時にそれは遠目に卓を見ていた1人立番のマサルにだけ発覚する。
東家
1巡目
打北
南家
1巡目
打北
西家
1巡目
打北
と来て、スグルの手は
一二三①③⑥⑦125578北
ドラは④
配牌でピンフ三色のリャンシャンテン…というか北を持っているからそれを切ってしまえば4人全員が1巡目に同じ風牌を切ることによって起きる特殊ルール『四風子連打』が発動してスグルのトップ目のままオーラスを迎えられる。
親は2着目なのでその方が絶対いい。しかし、この時代の麻雀店にはメンバー制約というものがあり(従業員による途中流局は禁ずる。※オーラスのトップ確定終了時は例外とする)というものがあった。つまり、この手は流せばトップが転がりこんできそうだが、流すわけにはいかないのがメンバー制約ということだ。そのことはもちろんスグルは承知している。
(『うわ、流してぇー』って思ってるだろうな。それでも…)
北家(スグル)
1巡目
打①
(よくその手、この点棒状況から三色捨ててまで制約を守った。偉いぞ!)
スグル
2巡目
ツモ⑤
(頑張ったご褒美にさっそく面子が完成したな。さあさっき残した北を切ってイーシャンテンにとりなさい。ここはアガって局を進めたいからな)とマサルは見ながら思う。が。
スグル
2巡目
打③
(??!なんだ?)
安全牌として残したのだろうか。わからない。ドラは④だ、③はドラ引きに備えて残すべき牌に見えるが。
スグル
3巡目
ツモ③
(引き戻したが、ツモ切るんだろうな)
ところが!
スグル
3巡目
打北!
(そうか!コイツ…接客してやがる。こんな所でまで…)とマサルが気付く。
つまり、この北。2巡目に手出しで捨ててしまうと(あれ?流せたのに流さなかったんだ…。メンバー制約ってやつか)と鋭いお客さんなら気付いてしまう。
(対等で闘ってもらってると思ってたけど、結局は店の人には制約かかってる麻雀で接客されてるに過ぎないんだなぁ)と気付かれたら白けてしまうかもしれない。また、この局にアガリを出せても(本来無い局だし。実力で勝ったとは言えないな…)と思われるのも良くない。あくまでも対等の麻雀をしているという演出をする。それは誰にも褒めてもらえない接客だ。感謝の言葉などもちろんない。そこを求めることなく、ひたすらお客さんの満足度を上げたいと考えての献身。
スグルのしてることこそが真のサービス業だった。
「たまげたな…。こんな奴は初めてだ」
東京に出て来て5ヶ月半。スグルは接客態度と能力を認められ。遅番の責任者となる。
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