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17巡目
◉笑顔
♪ピロン
(カオリちゃんからだ…なんだろう。あまり、見たくないな。なんだか、合わす顔がないし…)
家事は終わらせているので子供は旦那に任せることも出来るが、気が乗らない。辞めた事についての話だろうなと思うとどうしてもメッセージを開くことに躊躇してしまうメグミだった。
ーーー
(メグミさん、既読付かないなあ)
「アンちゃん。ちょっと私、洋服見に行ってくる。また帰ってくるから」
「わかりました~」
「じゃ、またあとで」
「あい、いってらっしゃい」
カランカラン
“メグミさん。忙しいですか。それならまた今度でもいいです。すいません、無理言って”
ーーー
(またカオリちゃんからだ。さすがに開くか…)
丁度その時、子供を夫に任せてメグミは夕飯の買い物をしに外に出ていた。
“いま丁度外に出たとこ。少しなら会えるけど、10分くらいでいいかな”
“大丈夫です”
“じゃあ10分以内に行くから待ってて”
“わかりました”
ーーー
「お待たせ、ごめんね返信遅くなって」
メグミがほぼノーメイクで来た。いつもメイクが濃いわけではないがそれなりに化粧をしていたんだなとこの時知った。
「メグミさん!お待ちしてました。何か飲まれますか?」
「じゃあ、アイスコーヒーが飲みたいかな」
「アンちゃん、アイスコーヒー2つ下さい」
「アイスコーヒー2つですね。かしこまりました」
「あの子は?」
「あれ、そういえば紹介してませんでしたっけ。彼女は竹田杏奈。私の高校の後輩で一緒に麻雀を鍛錬したかけがえのない仲間です」
「そうなの。竹田さん初めまして。私は日…」
「に?」
「いえ、成田恵美です。よろしくね」
(日本プロ麻雀師団所属だという紹介はもうしなくていいんだった)
「よろしくお願いします」
「…で、いきなり本題なんですけど、師団を辞めるって本当ですか?」
「あら、もう聞いたの。店長ったらお喋りだなぁ。…ホントよ。もうけっこう前から決めてたの、次のリーグ戦で昇級しなかったら辞めようって」
「嫌ですよ!辞めてほしくないです!」
カオリにしては珍しく大きな声を上げた。アンは初めてカオリの大きな声を聞いてビックリした。
「シーッ…喫茶店で大きな声出さないの…。うん、ありがとね。わざわざ止めるために呼び出したり…私、後輩に説得される先輩になれたんだね。嬉しいよ、ありがと…」
「だったら…」
「でもね、もう辞める旨は師団に連絡したの。来期のリーグ戦からはもう私の名前はどこにも無いわ…。もうプロでもなんでもない、麻雀を好きなだけの普通の主婦なのよ」
「そんな…」
ブブッブブッブブッ!ブブッブブッブブッ!
手遅れだったことにカオリが愕然として青い顔をしていたらテーブルに置いていたメグミのケータイが揺れた。着信だ。画面には『プロ麻雀師団本部』と表示されていた。
「あ、ごめん着信だ。ちょっと待っててね」
カオリはコクリと頷く。
「はい。………はい…ええ。
………え!……それなら
……はい。〜〜〜あ、…ありがとうございます…!!…はい、わかりました。
はい、…では、失礼します」
電話を切るとメグミの目から涙がツーと流れた
「どっ…どうしたんですか?」
「……………繰り上げ昇級だって」
「えっ!?」
「首位昇級になった中野雅也さんいるでしょ。彼が本業にしてる仕事でニューヨーク支店へ栄転することになって。いつ帰って来れるかも分からないからプロ活動は辞めることにしたんだって」
「そしたら…」
「続けるわ。麻雀プローー」
「良かったーーーー」
するとメグミが胸の内にしまい込んでいた本心をカオリに語り始めた。
「……うっ嬉しい……………うっうっ…。…うう……わっ…わだじ、本当は、全然やめだぐながっだの……師団は…わだじを拾ってぐれだ…茜さんとの…絆だじ…」
ズズッ!
「メグミさん…これ、鼻拭いて…下ざい」
ズズッ!
カオリがポケットティッシュを渡すがとてもじゃないが足りなかった。それくらい、ずっとずっと泣き続けた。メグミもカオリも。嬉しくて。2人とも涙が止まらなかった。
「ふーーー……ありがとう…カオリちゃん…こんなに泣いたのは、みんなには内緒にしてね」
「ふふっ。わかりました」
《良かったですね、本当に》
(うん。本当に、良かった)
喜びで涙を流すその顔は泣き顔というよりは笑顔に見えた。
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