隠れ家

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 エストラさんは一つ一つの部屋を、簡潔に教えてくれた。 「――それデハ、ワタクシめは食事の用意をしてまいりマス」  案内を終えた彼はそう言って保管庫へ残ったので、僕は一番興味を惹かれた書斎に入り書家をじっくりと眺める。  並んでいる本は魔術や魔法薬学に関するものばかりだ。  伯爵邸では読むことを許されなかった本が目の前にある。  これら全てが僕のものだという。 (入門書はあるかな……)  とりあえず壁際の本棚の一番上から一冊取り出し、開く。  書かれているのは魔法薬学の応用についてらしい。 (これじゃない……)  本棚に戻し、次の本を取る。  中を見ては本棚に戻し、入門書を探す。 「――ヴァン様、食事の用意ができまシタ」  五つめの本棚を確認し終えたところで、エストラさんが書斎にやってきた。  開いた扉の向こうに料理の載ったカートが見える。 「え……ここまで運んできてくれたんですか?」 「ハイ。何やら集中しておられる様子でしたノデ」 「そんな……わざわざありがとうございます」 「いえイエ、お気になさラズ」  頭を下げる僕に対し、エストラさんはデスクに料理を並べながら首を横に振った。 「サア、冷めないうちに召し上がってくださいマセ」 「ありがとうございます。いただきます」  促されるまま、引いてもらった椅子に座りフォークを手に取る。  並んでいるのはパンとシチュー、そしてサラダ。どれもおいしそうだ。 (食べ切れるかな……)  そんなことを思いながら、久しぶりに食べるまともな料理を味わう。  あまりのおいしさに目頭が熱くなった。 「どうなさいまシタ?」 「……いえ、何でもないです。大丈夫です」  小首をかしげるエストラさんにそう返し、僕は黙々と料理を口へ運んだ。  
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