ヴァン先生

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 グラストリア大陸、リグナール王国南端。  おいしいじゃがいもの産地であるラニ村は、住民およそ五十人の穏やかな所だ。  そんなラニ村で、僕は薬屋として暮らしている。  たまに子供のすり傷を手当てし、定期的に獣除けの薬を作り、時折来る商人にいくつかの薬を売る程度の、のんびりした暮らしだ。 「――あっ、ヴァン先生だ!」 「おお、先生ちょうどいい所に」  どういうわけか、この村の人たちは僕を先生と呼ぶ。  初めの頃はそんな大層な者じゃないと断ったけど、結局は僕が根負けして呼びたいように呼んでもらっている。 「こんにちは、ヒックさん、カールくん。僕に何かご用でしたか?」  そう返すと、ヒックさんはニカッと歯を見せた。 「ああ、ついさっきジーナのパンが焼けたんだ。よかったらもらってってくれよ」 「わぁ、ありがとうございます! それじゃあいただいていきますね」  ヒックさんの言葉に甘え、二人の後ろについて家へお邪魔する。 「あっ、おはようヴァン先生!」 「おはようございます、ジーナちゃん」  中ではちょうどパンの載った皿を並べているジーナちゃんがいた。  彼女はパン屋見習いで、よく練習に焼いたパンをごちそうしてくれる。  本人はまだまだと言うけれど、素人の僕にはそれが謙遜に聞こえるくらいの腕前なのだ。 「ささ、先生も座ってくれよ」  促されるままテーブルに着く。皿の上に並ぶパンはどれもおいしそうだ。 「それにしても、先生がこの時間にお出かけするのは珍しいな。何かあったのかい?」 「いえ、大したことじゃないですよ。そろそろ獣除けの効果が弱ってきたので、取り替えに行こうかと思ってて」  ヒックさんの言葉にそう返すと、彼は人のいい笑みを浮かべて言った。 「そういうことなら、俺にも手伝わせてくれないか? 先生一人で全部の仕掛けを回るのは大変だろ?」 「本当ですか? 助かります!」 「いいってことよ。先生にはいつも世話になってるしな!」  頼もしい発言に思わず頬がゆるむ。  手伝ってもらえるのは本当にありがたい。 「そうと決まれば、まずは腹ごしらえだ!」 「ヴァン先生、たくさん食べていってね!」 「ありがとうジーナちゃん。それじゃ、いただきます」  焼きたてのパンをちぎり、口に運ぶ。  ふわふわの生地はほんのり甘く、優しい味がした。  
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