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使用人に報告があると伝え、いつものように客間に通されネルソンさんを待つ。
今日はあまり忙しくなかったのか、さほど待たないうちに扉がノックされた。
「俺だ」
「はい。どうぞ」
入室してきたのはネルソンさん一人だ。
挨拶もそこそこに、さっそく本題へ入る。
「先ほど、ロビス試験場で中和剤の分析結果をいただきました」
「そうか」
「はい。ただ、一つ問題がありまして……」
「なんだろうか」
短い返事に頷き、話を続ける。
「この中和剤には確かに拡散した死黒手を中和する効果がありますが、例の海を除染できるかどうかは試してみないと分かりません」
「ふむ」
予想がついていたのか、ネルソンさんの表情は変わらない。
「なので、一度実地試験をさせていただきたいのです。その際、僕とトリシアさんで経過観察を行いたいのですが」
一気にそう伝え、ネルソンさんの目をまっすぐに見る。
冷静に見えるその目は、わずかに苦い色を映していた。
「……難しいな」
しばらくの沈黙の後、ネルソンさんはため息のように言葉を吐き出した。
「結界があるとはいえ、かの海は命に関わる」
「そう、ですよね……」
おおよそ予想していた通りの返事に内心で肩を落とす。
さすがにこれは食い下がれない。
言い方から、ネルソンさんは僕たちの身を案じてくれていることが分かるから……
「無理を言いました、すみません」
「構わない」
僕の謝罪にネルソンさんは短く返し、それから問うように言った。
「完成まではどれほどだ」
……たぶん、中和剤のことだろう。
「早ければ二日後の夜、遅くても三日後の夜にはお渡しできます」
「分かった。こちらも話を進めておこう」
つまり、実地試験は検討してくれるということらしい。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そう返し、話し合いを終えて僕は自分の部屋へと戻った。
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