死の黒き手を払う薬

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 翌日からさっそく中和剤に着手し、宣言通り二日目の夜にそれをお渡しすると、ネルソンさんはそれを見てわずかに目を細めた。  やはり見慣れた色だからだろうか。  しかしネルソンさんは何も言わず、手にした瓶を大事にしまい僕に向き直った。 「ご苦労だった」 「ありがとうございます」  労いの言葉に礼をし、次の言葉を待つ。 「実地試験は三日後だ」 「分かりました。よろしくお願いします」  三日後といえば、ちょうど授業のある日だ。  やはり見学は難しかったらしい。  深く頭を下げ、顔を上げる。  目の前のネルソンさんの表情に変化はない。 「……何か?」 「いえ。実地試験の結果を楽しみにしています」  視線が合い、指を組むネルソンさんへそう返す。  しばらくして、ネルソンさんはわずかに口元を緩めた。  少し珍しい、優しい表情だ。 「いつかを思い出すな」  そう言って、ちらりと中和剤のしまわれた箱へ視線を向ける。 「まさに未来の色だ」  それだけでも、何が言いたいのかは何となく分かった。 「確かにそうですね。見通せないほど深い色だけれど綺麗で……これからどうなるか分からないところも、未来のようで」  そう繋げると、ネルソンさんは目を細めた。 「……期待している」 「はい。僕も、いい結果と皆さんの無事を願っています」  この実地試験で何があっても――何もなかったとしても、僕たちにとっていい未来であってほしい。  ネルソンさんの期待も、きっと同じだ。 「……それでは、そろそろ失礼します」 「ああ。ご苦労だった」  退室の礼をし、使用人に連れられて部屋へと戻る。  そして水中装備を脱ぎ、テーブルに着いて筆記具を手に取った。  ――仮に三日後の実地試験が文句なしの成功であったなら、この記録が最後になる。  今思っていること、今まで試せなかったことを一切の書き漏らしがないよう細かく丁寧に詰め込んだ。  それでも足らず、もう一枚貝殻を用意する。  この際、枚数がかさむのは仕方ない。  読みにくいだろうけど、記録が抜け落ちるよりはずっといい。 (多少不便でも、いつか未来の誰かに届くのなら――!)  そう願って、細かな文字を彫り込んでいく。  さらに貝殻を増やし、結果として記録は三枚になった。  
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