死の黒き手を払う薬

13/17
前へ
/303ページ
次へ
 落ち着かない時間はあっという間に過ぎ、実地試験を行う日がやってきた。  といっても、僕は普段通り授業の監督をするだけなので何も変わりはない。  ……はずなのに、今日のロビス試験場はどこかざわついていた。  何人もの職員が忙しそうに行き交い、慌ただしい様子が見て取れる。 「何かあったんでしょうか……」 「たぶん、実地試験の件で忙しいんだと思います」  不安げに呟くトリシアさんにそう返し、いつもの部屋へ入る。 「ヴァーミリオン先生、ごきげんよう!」  途端に聞こえてきたのはキルダさんの元気な声だ。 「はい。こんにちは」 「こんにちは。今日もよろしくお願いしますね」 「ええ。よろしくお願いいたしますわ」  僕たちの挨拶に彼女は優雅に返し、それからやや興奮気味に言う。 「ところでヴァーミリオン先生。本日行われる禁泳区画の除染についてなのですけれど」  いきなりの発言に思わず咳き込んだ。 「だっ、大丈夫ですかっ!?」 「だ、大丈夫、です……」  慌てるトリシアさんにそう返し、キルダさんへ確認する。 「……そのお話は、いったいどこから?」 「数日前にお父様からお聞きしましたわ。『兄がまた面白いことをしようとしてる』と」 (……お父様? 兄?)  その言葉に嫌な予感がした。  どこかで感じたことのあるような、背筋の冷える感覚がする。 「……あの、失礼ですがキルダさんのお父様って……?」 「あら、ごめんなさいね。聞かれるまでは黙っていろと言われておりましたの」  僕の震えた問いにキルダさんは可愛らしく笑い、スッと姿勢を正して言った。 「わたくしはキルダグレース・メールナ・ヴィクヘンドール。レイディヴァト国王アライラス陛下の三女にして、ラカーン・ヴィクヘンドール公爵の妻でございます」  公爵夫人――それも王族だなんて、とんでもない大物である。  
/303ページ

最初のコメントを投稿しよう!

54人が本棚に入れています
本棚に追加