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落ち着かない時間はあっという間に過ぎ、実地試験を行う日がやってきた。
といっても、僕は普段通り授業の監督をするだけなので何も変わりはない。
……はずなのに、今日のロビス試験場はどこかざわついていた。
何人もの職員が忙しそうに行き交い、慌ただしい様子が見て取れる。
「何かあったんでしょうか……」
「たぶん、実地試験の件で忙しいんだと思います」
不安げに呟くトリシアさんにそう返し、いつもの部屋へ入る。
「ヴァーミリオン先生、ごきげんよう!」
途端に聞こえてきたのはキルダさんの元気な声だ。
「はい。こんにちは」
「こんにちは。今日もよろしくお願いしますね」
「ええ。よろしくお願いいたしますわ」
僕たちの挨拶に彼女は優雅に返し、それからやや興奮気味に言う。
「ところでヴァーミリオン先生。本日行われる禁泳区画の除染についてなのですけれど」
いきなりの発言に思わず咳き込んだ。
「だっ、大丈夫ですかっ!?」
「だ、大丈夫、です……」
慌てるトリシアさんにそう返し、キルダさんへ確認する。
「……そのお話は、いったいどこから?」
「数日前にお父様からお聞きしましたわ。『兄がまた面白いことをしようとしてる』と」
(……お父様? 兄?)
その言葉に嫌な予感がした。
どこかで感じたことのあるような、背筋の冷える感覚がする。
「……あの、失礼ですがキルダさんのお父様って……?」
「あら、ごめんなさいね。聞かれるまでは黙っていろと言われておりましたの」
僕の震えた問いにキルダさんは可愛らしく笑い、スッと姿勢を正して言った。
「わたくしはキルダグレース・メールナ・ヴィクヘンドール。レイディヴァト国王アライラス陛下の三女にして、ラカーン・ヴィクヘンドール公爵の妻でございます」
公爵夫人――それも王族だなんて、とんでもない大物である。
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