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「す、すみません! 公爵夫人とは露知らず!」
「もう、そう身構えないでくださいな。ここではわたくし、ただの生徒ですのよ」
キルダさんは上品な笑みを浮かべ、少し困ったように言った。
「お父様やラカーン様から、みなさんが萎縮してしまわないようにと言われておりましたの。ですから、これまでと同じようになさってくださいな」
「あ、ありがとうございます……」
どこか既視感のある衝撃に震えながらも何とかそう返すと、キルダさんは興味津々といった表情で話題を戻した。
「それで禁泳区画の除染のお話なのですけれど、あの毒を中和する薬をヴァーミリオン先生が開発したというのは本当ですの?」
その問いかけに、どこかで椅子の脚が鳴った。
「は、はい。例の海に有効かどうかはまだ分かりませんが……」
「まあ! 素晴らしいですわ!」
キルダさんは被せるように声を上げ、言葉を続ける。
「禁泳区画の結界はヴィクヘンドール公爵家が管理しているのですけれど、本当に大変ですのよ。絶対に異変があってはいけませんから、ラカーン様や観察班の負担がとても大きいのです」
それはそうだろう。
万が一にでも漏れ出してしまったら海そのものが死んでしまいかねない。
「……ですから、ヴァーミリオン先生のおかげでラカーン様方の負担が減り、海に生きる皆さんの不安も減らせると知って、わたくしとても嬉しかったのですよ」
そう言ってキルダさんは僕とトリシアさんの手をそれぞれ取り、深く頭を下げた。
「あ、頭を上げてください!」
「いいえ。改めて、ヴィクヘンドール公爵夫人として、レイディヴァトの王族として、お二人に感謝を申し上げます。本当にありがとうございます」
なんというか、僕のわがままから開発された中和剤でここまで感謝されるのは少し気が引ける。
というか、若干気が遠くなった。
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