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「あ、あたしは何もしてないですよっ!?」
トリシアさんの慌てたような声に引き戻され、それを否定しようと口を開きかけたところでキルダさんはようやく顔を上げ、首を横に振る。
「何もしていないなど、ご謙遜を。トリシア先生の助言があって、死黒手の解毒薬は開発されたと聞いておりますわ」
「その通りです。彼女の助言なくして解毒薬は生まれませんでした」
言った途端、僕の踵に何かが当たった。たぶんトリシアさんのつま先だろう。
ちらりと横目で窺えば、トリシアさんは余計なことを言うなと言いたげな目をしていた。
(でも本当のことだし……!)
視線でそう返し、キルダさんへ向き直る。
彼女は優雅に微笑み、僕たちから手を離して生徒たちのほうへ振り返った。
「皆さん、話し込んでしまってごめんなさいね」
そう謝罪して、キルダさんは席へと戻る。
「……そ、それでは、今日の授業を始めますね」
彼女が着席したのを確認してそう声をかけ、いつものように授業が始まった。
手本を作り、四人がそれぞれ調薬に取りかかる。
当然元々の技術の高さもあるけれど、これまでいくつかの魔法薬を作ってきたからか四人とも手際がいい。
それをしばらく見守り、頃合いを見計らって休憩を入れると真っ先にヤニックさんが駆け寄ってきた。
「トイエンマーデルトを除染するというのは本当ですかな!?」
「は、はい。今日、中和剤の実地試験を行うと大公様が仰っていました」
「そうでしたか……」
そう答えると、ヤニックさんは長く息を吐いた。
「……かの海は、私の友の故郷でしてな。亡命した身であれど、故郷が死んだままでは奴も死に切れんだろうと憂いておったのです」
その友人とは、病に倒れた死黒手の研究者のことだろう。
「奴に変わってマッキャロル先生に感謝いたします。本当に、本当にありがたい話です」
深々と頭を下げ、ヤニックさんは震えた声でそう言った。
……けれど、まだ例の海が除染されたわけじゃない。
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