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トイエンマーデルト跡が除染されたという話は、僕がワーズポルネ聖殿から生還した時よりも大きな騒ぎとなった。
当たり前だ。死黒手の解毒薬が完成するというだけでも大事件なのに、手のつけようがないとされていた海が蘇ったのだから。
「今やこの国で貴殿を恨むものはいまい」
「そ、そうでしょうか……」
ネルソンさんはそう言うけれど、人の心はその人次第だ。
いくら善行を積んでも過ぎた時は戻らないし、やったこと、起きたことが消えてなくなるわけでもない。
「個々に思うところはあっても、殺意を抱くほどには至らないでしょう。国の恩人を殺すような恥知らずでなければ、ですが」
ニーエルさんはややトゲを含めて言い、ふっと笑みを浮かべる。
「それにしても、本当にやり遂げるとは思いませんでした。あなたを侮ったことを、どうかお許しください」
「だ、大丈夫ですよ! 僕だって、平気で百年はかかると思ってましたから……」
実際は五年と十月――それに過去の十八年を加えた二十三年という短い期間で完成した。
冷静に振り返ると、なかなかにおかしい期間である。
「……魔法薬学とこの国の食材のおかげですね」
そしてそれに気づかせてくれたのがトリシアさんだ。
しかしこれを言うと今度こそトリシアさんの胃に穴が空いてしまうので今は黙っておく。
「あとは授業のほうですけど、こちらはもう二月ほどあれば充分だと思います」
「そうか」
なんなら二月もいらないかもしれないけれど、何があるか分からないので保険をかけておく。
「しかし、魔法薬学とは素晴らしい学問ですね。四度も国を救うとは」
「えっ、そんなに何かありましたっけ?」
ニーエルさんのしみじみとした声に思わず疑問が飛び出た。
解毒薬と中和剤以外に二つもあっただろうか。
そう首を傾げると、ニーエルさんは素晴らしく綺麗な笑みを見せた。
「ええ。死黒手の解毒薬と中和剤はもちろんのこと、海藻ジュースは市場と国民の喉を潤し、サメ撃退薬は国民の命を守ってくれました」
思わずむせた。
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