五年と十月越しの観光

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 個人的な興味は飲み込んで、手元の石板をそっとなぞった。  解毒薬の報酬は陸への帰国許可。この石板は中和剤の報酬だ。  特別に、僕だけに閲覧を許可されたものである。 「……それにしても、本当に見せてもらえるとは思いませんでした。これ、本当に見てもいいんですよね?」 「破壊さえしなければ問題ない」  いつかの時と同じようなことを言われ、改めて石板を見る。  死黒手と同様か、それ以上に複雑な製法だ。  それも薬の効果を思えば当然だろう。  なんたってこれは不老不死の秘薬の製法なのだから。 「しかし、不老不死の秘薬の製法を知ってどうするのです?」  ニーエルさんの疑問はもっともだ。不完全とはいえ僕はすでに不老不死だし、それを望んでいるわけでもない。  けれど、僕には製法を知る理由が確かにある。 「不老不死の効果を消す薬を作るんですよ。たとえ何年かかっても、可能性があるなら僕は人に戻りたいんです」  これはナーナリアさんから秘薬の話を聞いた時から考えていたことだ。  元が薬の効果なら、それを打ち消す薬も作れるはず。  人魚の肉に宿る神秘の力ではなく人の手によって作り出された薬なら、対抗する手段もまた人の手で作れるはずなのだ。  死黒手の解毒薬や中和剤を完成させられたこともこの自信に繋がっている。 「……なるほど。そういう理由なら確かに製法は不可欠ですね」  僕の説明で納得してくれたらしく、ニーエルさんはそう言って笑みを浮かべた。 「応援していますよ、ヴァーミリオンさん。あなたならきっとやり遂げられます」 「ありがとうございます。頑張ります」  こうして応援してもらえるのも、頑張れる理由になる。 「必要であれば用意する」 「あ、ありがとうございます。でも本格的な研究は陸に戻ってからするつもりなので、お気持ちだけ受け取っておきますね」  こうして協力を申し出てくれるのも、本当にありがたいことだ。  ……心臓には悪いけど。  
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