五年と十月越しの観光

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 トリシアさんが落ち着いてきたところでシーラさんは最後の箱を指し、ノルドさんへ言った。 「最後に、こちらがノルドさんへの贈り物なんですけどね」 「あ、あの、俺もいただいていいんですか……?」 「ええ、ええ。遠慮なく受け取ってくださいな」  わずかに引きつった顔で問うノルドさんにシーラさんはニコニコと返し、蓋を開けるよう促す。  ノルドさんが恐る恐るといった様子で開けた箱の中には、大粒の真珠が箱の中ほどまで入っていた。  ノルドさんは蓋を持ったまま固まっている。 「これは見ての通り真珠です。おとぎ話では水精霊の涙(アグナー・グライラ)なんて呼ばれていますね」  この国の薬学では、真珠はさほど珍しい材料ではない。  けれど、一度にこんな量を見ることはまずないだろう。 「……こ、んな、たくさん、いいんですか?」 「もちろんです。歪なものばかりだけれど、これでたくさんの薬を作ってくださいね」  やや片言になりながら言うノルドさんへ、シーラさんは深く頷いた。 「……ありがとう、ございます……」  僕とトリシアさんを見ているからか、ノルドさんは緊張していながらも素直に箱を受け取り、シーラさんへ頭を下げる。  その様子がどう見えているのかは分からないけれど、シーラさんは満足げに微笑んだ。 「ばーちゃん、あとの二人の分は俺が渡してこようか?」 「いいえ、大切な贈り物だもんで私から直接お渡ししたいのよ。どこかの授業の日にお邪魔しようかね。アデリーにも会いたいし」 「ロビスが大騒ぎになるからそれだけはやめて。二人に都合を合わせてもらって俺が連れてくるし、室長にも顔見せるように言っとくから」  ……シリルさんとシーラさんの不穏なやり取りは聞かなかったことにして、それぞれ受け取った箱を抱える。  貝殻だけとはいえ、巨大な巻き貝の入った箱は結構重たい。  トリシアさんとノルドさんもそれは同じようで、何度か抱え直していた。 (……とんでもないものを頂いちゃったな)  けれど、それだけ薬屋として期待されているのだろう。  それなら出来る限り、その期待には応えたいものだ。  
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