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初めて見る景色だけれど、確かに覚えがある。
「……ここは、トイエンマーデルト跡ですか」
「ええ。ヴァーミリオン先生が除染した禁泳区画の、本来の姿ですわ」
僕の言葉にキルダさんは頷き、調査員らしき人魚へ声をかけた。
「調査のほどはいかがかしら?」
「はっ。つつがなく」
「それは何よりですわ。それなら今から少し中を見学したいのだけど」
「問題ありません。ヴィクヘンドール公爵閣下より伺っております」
「うふふ、ありがとう」
貴族らしく笑い、キルダさんはくるりとこちらへ振り返る。
「それではみなさん、中へ参りましょうか」
そしてそう言って都市の中へと進んでいった。
後を追うように護衛たちが進み、それについて行くように僕たちも進む。
「ここが、やつの故郷……」
かすかに聞こえたヤニックさんの呟きは涙声だ。
(ここが、トイエンマーデルト……)
見える街並みはレイディヴァトとそう変わらない。
今は廃墟然としているけれど、とても栄えていただろうことが窺い知れた。
「とても栄えていた国だったんですね」
「ええ。当時はレイディヴァトよりも大きな国だったそうですわ」
そういえばネルソンさんもトイエンマーデルトを大国だと言っていた。
改めて死黒手の恐ろしさを突きつけられ、思わず奥歯を噛む。
「そんな顔をなさらないで。ヴァーミリオン先生は、確かにレイディヴァトとトイエンマーデルトをお救いになったのですから」
そう言ってキルダさんは僕の顔を覗き込んだ。
「今日は、あなたの偉業の結果を見ていただきたくて案内しましたのよ」
「それは……その、ありがとうございます」
(どうか、ここに眠るみなさんが無事に深淵の海へ導かれますように……)
ゆるやかに流れる街並みを眺めながら、そう思わずにはいられなかった。
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