五年と十月越しの観光

18/27
前へ
/303ページ
次へ
 初めて見る景色だけれど、確かに覚えがある。 「……ここは、トイエンマーデルト跡ですか」 「ええ。ヴァーミリオン先生が除染した禁泳区画の、本来の姿ですわ」  僕の言葉にキルダさんは頷き、調査員らしき人魚へ声をかけた。 「調査のほどはいかがかしら?」 「はっ。つつがなく」 「それは何よりですわ。それなら今から少し中を見学したいのだけど」 「問題ありません。ヴィクヘンドール公爵閣下より伺っております」 「うふふ、ありがとう」  貴族らしく笑い、キルダさんはくるりとこちらへ振り返る。 「それではみなさん、中へ参りましょうか」  そしてそう言って都市の中へと進んでいった。  後を追うように護衛たちが進み、それについて行くように僕たちも進む。 「ここが、やつの故郷……」  かすかに聞こえたヤニックさんの呟きは涙声だ。 (ここが、トイエンマーデルト……)  見える街並みはレイディヴァトとそう変わらない。  今は廃墟然としているけれど、とても栄えていただろうことが窺い知れた。 「とても栄えていた国だったんですね」 「ええ。当時はレイディヴァトよりも大きな国だったそうですわ」  そういえばネルソンさんもトイエンマーデルトを大国だと言っていた。  改めて死黒手の恐ろしさを突きつけられ、思わず奥歯を噛む。 「そんな顔をなさらないで。ヴァーミリオン先生は、確かにレイディヴァトとトイエンマーデルトをお救いになったのですから」  そう言ってキルダさんは僕の顔を覗き込んだ。 「今日は、あなたの偉業の結果を見ていただきたくて案内しましたのよ」 「それは……その、ありがとうございます」 (どうか、ここに眠るみなさんが無事に深淵の海へ導かれますように……)  ゆるやかに流れる街並みを眺めながら、そう思わずにはいられなかった。  
/303ページ

最初のコメントを投稿しよう!

54人が本棚に入れています
本棚に追加