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シグさんの視線が僕へ向いたので軽く会釈し、努めて優しい声を出す。
「初めまして。僕はヴァーミリオン・マッキャロルといいます。本日はトリシアさんと騎士様のご紹介で伺いました」
「あ、これはこれは、丁寧にどうも……」
まだ少し固い動きでシグさんは頭を下げ、それから佇まいを直して笑顔を浮かべた。
「初めまして。俺はシグ、ホイラー食料品店の店長をしています」
握手を交わし、それぞれ自己紹介を済ませて店内を見る。
魚屋とは違い、貝やエビは大きなカゴの中に収められている。
カゴの中は快適なのか、貝もエビものんびりとしているようだ。
「かじってみますか?」
「すみません、そのままかじるのはちょっと苦手で……」
「そのまま?」
シグさんの提案にそう返すと、シグさんはわずかに目をみはる。
「ということは、陸では加工して食べられているんですか?」
「はい。焼いたり茹でたり、火を使って調理したものを食べています」
「ほう、火ですか」
火のないこの国では馴染みのない食べ方なのだろう。
シグさんの目がきらりと光った。
「この国では難しいですが、一度は試してみたいですね。どんなふうになるのか……」
「おいしいのでぜひ食べてみてほしいです。陸の食べ方ですから、もしかしたら合わないかもしれないですけど……」
それでもシグさんは食の異文化交流を望んでいるらしく、目を輝かせて僕の話を聞いている。
「陸では熱を加えることを加熱と言って、ほとんどの海産物を加熱して食べているんです」
「熱を加える……加熱ですか。海の中でそれをするなら、熱の海に行くしかないですね」
「熱の海、というのは?」
「俺も詳しくはありませんが、海の中には人魚も魚も住めないほど熱い場所があるんですよ。聞いた話では、海の底が赤く光っているとか」
「そ、そんな恐ろしい場所があるんですね……」
何もいない、赤く光る灼熱の海を想像して背筋が冷えた。
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