五年と十月越しの観光

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 シグさんの視線が僕へ向いたので軽く会釈し、努めて優しい声を出す。 「初めまして。僕はヴァーミリオン・マッキャロルといいます。本日はトリシアさんと騎士様のご紹介で伺いました」 「あ、これはこれは、丁寧にどうも……」  まだ少し固い動きでシグさんは頭を下げ、それから佇まいを直して笑顔を浮かべた。 「初めまして。俺はシグ、ホイラー食料品店の店長をしています」  握手を交わし、それぞれ自己紹介を済ませて店内を見る。  魚屋とは違い、貝やエビは大きなカゴの中に収められている。  カゴの中は快適なのか、貝もエビものんびりとしているようだ。 「かじってみますか?」 「すみません、そのままかじるのはちょっと苦手で……」 「そのまま?」  シグさんの提案にそう返すと、シグさんはわずかに目をみはる。 「ということは、陸では加工して食べられているんですか?」 「はい。焼いたり茹でたり、火を使って調理したものを食べています」 「ほう、火ですか」  火のないこの国では馴染みのない食べ方なのだろう。  シグさんの目がきらりと光った。 「この国では難しいですが、一度は試してみたいですね。どんなふうになるのか……」 「おいしいのでぜひ食べてみてほしいです。陸の食べ方ですから、もしかしたら合わないかもしれないですけど……」  それでもシグさんは食の異文化交流を望んでいるらしく、目を輝かせて僕の話を聞いている。 「陸では熱を加えることを加熱と言って、ほとんどの海産物を加熱して食べているんです」 「熱を加える……加熱ですか。海の中でそれをするなら、熱の海に行くしかないですね」 「熱の海、というのは?」 「俺も詳しくはありませんが、海の中には人魚も魚も住めないほど熱い場所があるんですよ。聞いた話では、海の底が赤く光っているとか」 「そ、そんな恐ろしい場所があるんですね……」  何もいない、赤く光る灼熱の海を想像して背筋が冷えた。  
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