空港にて

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

空港にて

「本当に行っちゃうんだね……  トンガ王国……。」  空港まで見送りに来てくれた(さき)が寂しそうに空を向いて言った。サロンでトリートメントした髪が、綺麗に胸元まで下りている。 「うん。  でもさ、ただの留学だから。  一段落したら、ちゃんと帰ってくるし。  わりとすぐだよ。」  そう。  彼の気持ちは、すぐダウンするはずだ。 「そうなんだろうけど。  でも、なんでトンガ王国?  私、聞いたこともなかったよ、そんな国。」 「ははは、輸入カボチャにはトンガ王国産は多いのに、チェック甘いな、咲は。  そんなんで結婚生活ちゃんとやっていけるの?」 「ギクッ。  いいじゃん。産地なんか知らなくても。  食べ物は、上手く料理できるかどうかよ。」  咲は返事を避けるようにケーキを頬ばった。 「そうね。」  私は短くうなずいて、オレンジジュースを一口飲んだ。 「あーあ、でも、亜衣に結婚式に出てもらえないなんてショック。私達、親友のはずでしょう?」 「そうよ、親友よ。」  だから離れるのよ、咲。  あなたから。  ううん、  あなたの彼氏から。 「彼氏のマリッジブルーに気をつけてね、咲。」 「そんなんないよ、うちのは。」  疑おうともしない親友に、私はただ笑んだ。 「まあ、式も間近だし、もう心配ないよね。」 「そうそう。  ってか、本当になんでこのタイミング?  式までたった2日なのに。」 「向こうの学校の都合とかあってさ。  ごめんね。」 「うん……。」  咲は頭では理解できるけど、といった様子だ。  可愛いな、咲は。  大好きよ。  だから、監視していたの。  あなたの彼氏を。  彼氏から誘われたその日からずっと。  あなたには言わないけど、彼は結婚が決まったとたん、周りの女の子たちに誘いをかけるようになってた。私にまでよ。結婚を前にした男なんて、そんなものなのかな。  でもそれは、裏を返せば、結婚したら浮気は御法度っていう意識があるってことよね、きっと。  ……カボチャの国に行ってみたい。  そんなことを言ったのはね、あなたの彼氏のプライドを折るためよ。自分よりカボチャを選ばれたら、腹立つよね。  けなされたショックと怒りで、もう浮気をする余裕もないと思うわ。  自分をコケにした女にイライラしながら、あなたの笑顔を見て思うのよ。  こいつはいい女だなって。  だから……咲、このタイミングであなたから離れるの。  親友の結婚式に出られないなんて、私も寂しいけどね。  ま、式が終わって一段落した頃には、様子を見に帰ってくるから。 「お土産は、なにがいい?」 「うーん……。変な置物。」  私は吹いた。 「あるある、あるね、旅先には。」 「……気をつけてね。  ちゃんと帰ってきてね。」 「ラジャ。  あ、そろそろ出よう。」 「うん。  なんか本当に名残惜しいー!」  最後まで可愛いことを言ってくれる親友に、私は笑顔で応えた。  幸せにね、咲。  帰ってきたら、また守ってあげる。  あなたのことが大好きだから。  私はふいにこみ上げた涙をクシャミのふりで隠して、席を立った。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!