どうしたって好きだから

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「……え?」 「泣いてるのは僕のせい?」  冷たい指先が、次から次へとぽろぽろこぼれ落ちる稜のしずくを躊躇うことなく拭っていく。  目深にかぶったキャップ、目の奥が見えない真っ暗なサングラス、そして口と鼻を覆った大きな漆黒のマスク。  繁華街ではそうめずらしくない若者の装いだが、稜にはすぐにわかってしまう。  目の前にいるのが誰なのか。 「義、」  たまらず稜はその名前を言いかけて、慌てて押し黙る。  すると少しだけ首を右へ傾けた男の、綺麗に整えられた眉がふわりと緩んだようにみえた。  隣から視線を感じ、戸次がもの言いたげな顔をしている。  勘のいい戸次のことだから、あらかた事の流れは把握しているに違いない。 「稜の同僚の方ですか?」  ぴりっとした声が戸次に問う。  低いけれど、いつもぽわんとした綿菓子のような声色で話しかけられていた稜は、その変化に驚きが隠せない。  そして、名前だけで呼ばれたことにも吃驚した。 「あ、はい。同僚の戸次と申します」  なにごとにも物怖じしない性格の戸次が、大きな身体を縮こまらせ委縮したような表情を浮かべる。  瞬間、男はサングラスを少しだけ下へずらし、さらに声音を低くして戸次へ向かって凄んでみせた。  覗く目が間違いなく義弥、そのものだった。
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