どうしたって好きだから

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「戸次ぃ。俺は過去の自分が情けなくて泣いてしまいたくなる」  途端、稜はめそめそと泣きだす。 「もう泣いてるだろ」 容赦なく突っ込む戸次は、セットしていた自身の後頭部をぐしゃぐしゃと掻きあげる。 「俺の今日の最大の失敗はお前に義弥の情報を教えたことと、そんなやさぐれたお前に酒を大量に吞ませてしまったことだな」  俺の方が泣きたいわ、と頭を抱える戸次など、今の稜には配慮する余裕さえない。  だから稜も一方的にしゃくりあげながら、「もう三年だよ、三年。俺は三年前の義弥のことしかわかんないんだよ」と、べそべそと目の前の戸次に繰り返し不満を訴える。 「わかった。悪かったって」  面倒くさそうに両掌を稜へ向け、降参のポーズで謝罪する戸次にそれでもまだ突っかかっていく。 「なにがわかったの? わかってないよ」  すでに閉店した店の壁面に背を預けると、ずるずると力なく稜は地面に座り込む。  それから絶え間なくこぼれ落ちる涙を、無造作にグーの手でぐしぐしと手の甲で擦り続けた。 「俺は、義弥と逢えなくなってとっても淋しいし、謝れって戸次は簡単に言うけど、連絡先も変えられて、隣に住んでるのに、いや、もしかしたら有名人だからもう隣に住んでないかもだけど……後ろ姿さえ、見ることができなかったらどうにもできないじゃん」  わあ、と年甲斐もなく大泣きをはじめた稜に、再び行き交う人々が好奇の視線を向けてくる。  やがてどこからともなく高価な男性の革靴の足元が近づいてきて、泣きだして止まらない稜の視界へ入った。  隣で大きく息を呑む戸次の気配がする。  あ、これは騒いでいたから絡まれるやつかな、と稜はぎゅっと背を縮こませ身構える。  予想に反して革靴の主は、稜と目線を合わせる位置まで身を屈めると、じっとサングラス越しに顔を覗き込んできた。 「どうして泣いてるの?」  雑踏に紛れるほどの小さな声だったが、間違いなく聞き覚えのある声だった。三年前までは。
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