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十二月に入り肌寒さが増していたが、日差しの暖かさはまるで春がやってきたかのように穏やかな土曜日の昼下がりのこと。
行き交う人の波に逆らうように走り、息を切らしながら日菜乃はようやく店に着いた。
女性に人気があるこのカフェは、オーガニックの野菜を使ったランチメニューが人気で、可愛らしい雑貨に囲まれた明るい店内は、一度入ると長時間居座る客が多い。
昨夜は遅くまでイベントの片付けに駆り出され、ヘトヘトになって家に帰った。そして今朝目を覚ましたら、すでに待ち合わせの時間になっていた。慌てて部屋干しをしていた白いニットと茶色のスカートに着替えると、髪を一つに結んで軽く化粧をし、友人と待ち合わせをしていたこのカフェへと急いだのだ。
「お待た……せ……」
安堵の表情で高校からの友人である優奈が待つ窓際の角の席に駆け寄った日菜乃は、その光景を見て言葉を失った。目を見開き思考回路が停止する。
「遅いよ〜。とりあえずいつもの日替わりランチプレート注文しといたけど。飲み物はフルーツティーでいいよね?」
「あっ、うん、大丈夫……」
とりあえず返事はしたものの、なかなか椅子に座ることが出来ずにいると、優奈は怪訝そうに日菜乃の顔を覗き込む。
「なんで座らないわけ?」
「えっ、あっ、な、なんでもないよ」
瞳がキョロキョロと動き、明らかに挙動不振だった。椅子の足に一度躓き席に座る。荷物をテーブル横に置かれたカゴに入れ、優奈がスマホを確認した瞬間に隣の席に座る人物にチラリと視線を送る。
「日菜乃?」
名前を呼ばれて慌てて優奈の方へと視線を戻したが、冷や汗が額を伝う。
ちょっと待って。こんな偶然ってある? なんで隣の席にこの男が座ってるの? 心臓の音が早くなっていくのがわかる。
壁側のソファ席に座る優奈の隣で、本を読みながらコーヒーを啜る人物--黒髪に眼鏡、白いTシャツにチャコールグレーのカーディガン、濃いインディゴブルーのデニム姿の男性は、日菜乃と同じ会社で働く同期の深澤侑だったのだ。
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