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あぁ、なんて気まずいんだろう……日菜乃は身を縮こませながら優奈の話を聞いていた。
「だからさ、あの男からの着信を取るのはやめろって言ったじゃない。そんなんだからいつまでも都合のいい女から抜け出せないんだよ」
優奈自身も一応空気を読んで大きな声は出さず、身を乗り出して日菜乃にだけ聞こえるように話していた。だとしても隣の席に聞こえないわけはない。
目の前にある日替わりランチプレートの味なんてさっぱりわからないまま、隣の人物がどんな顔で自分の話を聞いているのかが気になって仕方なかった。
「しかも呼ばれたらすぐに行くし、部屋に来たって拒まないんでしょ? あんたたち付き合ってるわけじゃないんだよ」
「わ、わかってるよ……。でもこのままいけば、もしかしたら付き合う展開になるかもしれないじゃない?」
日菜乃が上目遣いで首を傾げると、優奈な呆れたように大きなため息をついた。
「もしあんたと付き合う気があるなら、とっくに付き合ってると思わない?」
「まぁ……そうかもだけど……」
何も言えなかった。日菜乃が片思いをしているのは大学時代のサークルの先輩で、社会人になってから飲み会で再会した。その後日菜乃から告白をし断られたものの、時々先輩の都合で呼び出されるようになったのだ。
ずっと好きだった先輩と過ごせることが嬉しくて、連絡が入ればすぐに会いに行くし、彼の喜ぶことをしていればいつか彼女に昇格出来るんじゃないかと期待するようになったのだ。
ただ関係が始まってから二年が経つが、何も進展していないのが現実だった。
「何度も言うけど、あいつはまだ彼女と別れてないんだよ。もし別れてから日菜乃と付き合ったとしても、同じことをするかもよ。それでもいいの?」
「そんなの……わからないじゃない。私と付き合ったらやめてくれるかもしれないし……」
優奈は話す気力を失ったのか、頭を掻きながらカバンに手をかけた。
「ちょっとトイレに行ってくるわ」
日菜乃は頷くと、ホッとしたように俯く。それからおずおずと隣の席に座っている深澤に視線を投げかける。しかし彼は何事もなかったかのように本を読み続けていた。
このままスルーする? いやいや、そんなことは出来ない。でも声をかけたとして、なんて言うの? 私が"都合の良い女"ということを黙っててくださいって口止めする?
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