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猫カフェ
大学の夏休みも終わりに近い9月のある日、真希は都内の猫カフェで国江と会った。
2人とも猫好きだが、自宅で猫を飼っている真希と違って国江はアパート住まいなので、猫カフェで存分に猫と戯れたいと希望していた。
店内には10匹ほどの猫がいて、ふれあいコーナーで客が猫と触れ合って遊ぶことができ、バルコニーのようなカフェコーナーからその様子を眺めることができた。
国江は、客と遊んだりキャットタワーに登ったりする猫の動きを、目を細めて見守った。
「あの子たちは、自分がこんなに人を癒していることを自覚していないんだろうね」
「その自然体が、またいいのよ」
「真希は毎日猫と一緒に居られて、うらやましい」
「まあ、私も自宅を出てアパート暮らしをしてみたいんだけどね。今飼っているタマは、私が生まれてから2匹目なの。1匹目のトラは私が8歳の時に死んで、すぐ子猫のタマを飼い始めたの。ペットロスにならないようにって」
「じゃあ、猫のいない生活は考えられない?」
「そうね。でもいずれアパートやマンションで暮らすようになるから、覚悟はしてる」
「でも、最近はペット可のマンション多いよ。私も大学出て仕事するようになったら、そういうところに移るつもり」
興味の尽きない猫の話が一段落すると、真希は本題を切り出した。
ひと通り話を聞いた国江は、眉間にシワを寄せて「うーん」とうなった。
ソバアレルギーの女とソバ店の息子
データの上では相性悪いで済まされるが、そこに恋愛感情が加わると難解な問題になる。
真希と同じく恋愛経験に乏しい国江にとって、難問中の難問だった。
とりあえず、アレルギーについて話し合うことにした。
「私花粉症なの」
真希は高校の頃、春になると国江が花粉症で苦しんでいたことを思い出した。
花粉症をと違ってソバアレルギーは、原因となるソバを遠ざけておけば症状は出ないので、真希は自分がソバアレルギーだと打ち明けていなかった。
「いったん花粉症になると治るのは困難だって言うけれど、今年は症状が出なかったとか、いつの間にか治ったという人もいるよね。私は今のところ改善していないけど」
「卵や牛乳、小麦のアレルギーなんかは大抵子供のうちに治るけど、ソバアレルギーはほとんど治る見込みがないって」
国江もその事実は何となく知っていた。
アレルギーの中でも最も重いソバアレルギーに比べれば、国民の4人に1人ともいわれる花粉症は取るに足りなかった。
アナフィラキシーショックで死に至ることもあるソバアレルギーの恐ろしさの前には、生半可な気休めなど通用しない。
しかし、自分が真希に相談を持ち掛けられているのは、ソバアレルギーとどう向き合うかではなく、君島卓との関係をどうすれば良いかだという、いわば人生相談的な内容なのだと、国江は自らに言い聞かせた。
自分ならどうするかと、国江は自問した。
ソバ店の息子とソバアレルギーの自分
ということは、この交際はやめた方がよいという天の導きだと考えて、やめる。
最初は未練や後悔があるかもしれないが、それも一時の余波であって、世の多くの失恋のように時間とともに修復されるだろう。
自分に対してならそう説得できるが、真希に向かってそのように言うのは他人事ゆえの無責任な発言かと思ってしまう。
あんなに恋愛に対して理性の優位を説いていた真希だけに、恋愛感情を断つことはかえってひどいダメージを与えることになりそうだった。
結局、自分には明確な答えを示す資格はなく、アドバイスするほどの経験や知識もないという結論に、国江は辿りついた。
かと言って、「私には何も言えない」では、困り果てて相談に乗ってほしいと頼んだ真希の友情と信頼を裏切ることになる。
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