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1章 忍冬(すいかずら)
修正依頼のあった原稿をメールで送り終えてパソコンを閉じると、隣の部屋への引き戸をそっと開けた。
さすがに早く横になりたくて、シャワーも浴びずに千鶴の寝ているベッドに潜り込む。もう明け方に近く、あと二時間もしたら仕事に行く千鶴が起き出す時間だ。
千鶴は、壁側を向いてぐっすり眠っていた。
一度眠ると、滅多なことでは目を覚まさないから助かった。
「ナオキは、時々、歯ぎしりするよ」
ある時、千鶴に言われたことがあった。大人になって誰かと一緒の部屋で暮らしたことなんてなかったから、指摘されるまで自分でも知らなかった。
けれども、うるさいからなんとかしろという、苦情ではなかった。ただ、「私だって、夜中に起きることはある」と主張したかったらしい。前に、地震でも目を覚まさなかったことをからかったのを根に持っているのだ。
そういうところが、千鶴は面白い。いや、正直に言うと可愛い。単純で素直で天然な千鶴に、骨抜きにされている気がする。
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