1章 忍冬(すいかずら)

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 しかし、千鶴との生活は思っていた以上に快適だった。  千鶴は大らかな性格だからか、あまりうるさいことは言わない。俺が仕事で二、三日留守にしても、国分町(こくぶんちょう)で面倒に巻き込まれて朝帰りしても、いちいちどこで何していたかと聞いてこない。 「大好きなナオキが帰ってくるだけで嬉しい」と前に言っていたと、『Bar忍冬(すいかずら)』の美智香(みちか)ママから聞いた。「あんた、信頼されてるんだから泣かせちゃダメよ」とも。もちろん泣かせるつもりはないけれど、そんな程度のことで喜んでいいのかよと思う。ほんと、あいつは高望みをしない。    ただひとつ、やっかいなのは、クリスマスとか節分とか、そういう季節行事をしっかり忠実に実行しようとすることだ。  千鶴は、そういうことをやるのが当たり前な家庭で育ってきたからだろう。まあ、あのばあちゃんがいたら、そりゃそうだよな。俺は時々、千鶴のばあちゃんを思い出しては懐かしくなる。  今、こうして二人でいることを喜んでくれるだろうか。 「やっぱり、兄ちゃんも千鶴の魅力にやられたね」  そう言って、にやにや笑われそうだな……。
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