1章 忍冬(すいかずら)

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 まあ、クリスマス位は付き合ったけれど、節分の日はさすがに大の大人が豆まきはないよな……とわざと朝まで飲んで帰った。  すると、玄関を入ってすぐの所で、怒った千鶴が毛布にくるまって俺を待ち構えていて「鬼は外!」と大声で叫んで、盛大に豆を投げつけてきた。  けれども、気づけば俺は千鶴の所へ帰ろうとしている。  ヒロノブのいう、まさに泳がされている感じだ。    千鶴は平日、印刷会社で働いているので、俺が家で仕事をしていると夕方帰ってくる。誰かが待っている家に帰るのも、誰かが帰ってくるのを家で待つのも、初めての経験だった。  俺の母はずっと水商売をして俺を育ててくれた。  物心ついた頃には、バーを経営していて、学校から帰っても母はもう仕事に出ていた。ランドセルを置いて、テーブルに母が置いてくれた金でコンビニ弁当を買うか、たまに開店準備中のバーに顔を出して母が作ってくれた夕飯を食べた。  母が帰ってくるのは俺がもう寝てしまった後だし、朝起きても母はまだ寝ていたから、ひとりでパンと牛乳で朝食を済ませて学校に行く生活だった。一緒に食卓を囲むなんて、休みの日の夕飯ぐらいだった。
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