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狭いベッドで、俺が千鶴の背後に身体を寄せて千鶴の腰に手を回すと、無意識に千鶴がその手に自分の手を重ね、俺の方にすり寄ってきた。
千鶴の髪のシャンプーのいい匂いが香ってくる。こういうなんでもないことが、幸せっていうんだろうな。
俺の父と母は、こんな幸せを味わうことなく死んだ。
俺の母は千鶴と同じで、青森から仙台に出てきて、水商売の仕事を始めた。どういう理由で故郷を離れたのかはわからない。
やがて、俺の父と出会って、俺が生まれた。
俺が中二の時に母は乳がんで死んだが、最後まで俺に父の話はしなかった。
まだ物事がよくわからない子どもの頃、「お父さんはどこ?」と聞いてもいつもはぐらかされた。生きているのか、死んでいるのかも教えてくれなかった。
それで俺はいつしか、母は父を恨んでいるのかもしれないと思うようになった。例えば、強引に関係を持たされて俺を身ごもり、仕方なく俺を産んだのじゃないのかとか……。
そう考えてしまったら、俺はもう母に、父のことは聞けなくなってしまった。
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