1章 忍冬(すいかずら)

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 父のことが少しだけわかったのは、母が死んでからだ。母の遺品を片付けたのがきっかけだった。  母が死ぬまで俺と母は、今、美智香ママが暮らしているマンションに住んでいた。美智香ママは母と出会った頃はまだ二十代で、いわゆるショーパブのダンサーをしていた。  母がやっていた『Bar忍冬』の常連で、母を姉のように慕っていた。まるで、今の千鶴と美智香ママのようだ。母と俺が暮らしていた賃貸マンションの別の階に空きが出たと知り、近くに住みたいと美智香ママがあとから越してきたのだ。俺が小学校高学年になった頃には、美智香ママは母の店を手伝うようになり、俺の面倒もよく見てくれた。  俺にとっては姉みたいな存在だった。 「なんだよ、オ●マ」なんて憎まれ口を俺がたたくと、「そのオ●マが、あんたのファーストキスの相手よ」と言い返してきて、ぐうの音も出なかった。  俺が保育園に通っていた頃、母の代わりに迎えにきてくれた美智香ママに俺が突然キスしたらしい。消してしまいたい過去だ……。  母が病気で死を覚悟した時、母は美智香ママに店を託した。そして、俺が成人するまで見守って欲しいと頼んだらしい。
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