察しのいい女

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 「ごめん、限界だ。」 彼は引きつった表情で吐き捨てるようにそう言った。間も無く、ぎゅっと握っていた手を強く振り払い、彼は駆け出した。彼から、なにか怒りのような、焦りのようなものを感じた。  デートをしている最中の突然の出来事だったので、私はポカンと口を開けて、ただ立ち尽くしていた。  状況から察するに、理由はわからないがどうやら私は振られたようだ。  確かに、今日の彼の様子はずっとおかしかった。デート中ずっと険しい表情だったし、常に私と目を合わせないし、たまに立ち止まり、一点を見つめたりといつもの彼なら見せない行動を見せた。  デートを始めた時、私は数回会話を交わし彼の異変に気付いた。私は何か彼を怒らせることをしたかと考えたが、何も思いつかない。彼は怒っているようにも見えたから迂闊に話せない。彼から話しかけてくる様子もなく、長い沈黙が訪れた。    わかった。彼は私に甘えて欲しいのだ。察しのいい私はそう思った。  彼は一度だけ私に怒ったことがある。私が何度もデートに遅刻するものだから、彼は時間は守って欲しいと怒った。彼の小言は長く、30分近く続いた。いい加減、私もめんどくさくなって、泣くふりをし彼に甘い声で謝罪した。すると彼の小言はたちまち止まり、彼は私を抱きしめた。 「ごめん。少し怒りすぎたね。反省してくれてるのならいいんだ。悪かったね。」 頭を撫でた彼の手から優しいぬくもりが伝わってきた。  それから彼は甘えられることに味を占めたようで、私を甘えさせるようになった。実際にそう言ってくるわけではなく、そういう空気を出すのだ。言葉では説明できないが察しのいい私はそれを察し、甘えてやる。そうすると彼は所かまわず私の身体を引き寄せる。さすがに人の目があるところでは、私も恥ずかしいので離してというのだが、彼は離れたくないと言う。  今回もそれだろうと踏み、私はいつも以上に甘えて見せた。しかし、彼はいつも通り喜ぶどころか、すごく迷惑そうな顔を見せた。しかし、完全に拒絶しているようには見えず、何か迷いのようなものを感じた。    今思い返せば、彼は今日別れを切り出すつもりだったのだろう。そんな中、私がいつも以上に甘えたりするものだから彼の決心が崩れかけたのだろう。  冷静になればなるほど、悲しみがこみ上げる。 「ねえ、私の何がいけなかったの?」 遠ざかる彼の背を眺めながら、そう問いかけた。私には彼が離れた理由がわからなかった。  私は彼の背が見えなくなるまで見つめて…… ああ、わかった。彼が離れた理由。どうやら私は思った以上に察しが悪いのかもしれない。  
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