2.マヤ

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2.マヤ

「こんにちは」  寝ころんだ僕の横にそう言って跪いたのは、先生とは全く違う人間だった。  大きさは僕より少し大きい。  毛もなんだか違う。僕のはもこもこしていて茶色いけれど、この人のは黒くてまっすぐで、ドームから差し込む日の光を反射してきらきらしている。  それに少し良い匂いもする。  しばらく観察して気づいた。  ああ、この人は女性、というやつだ。  本で見たことはあるが、実物は初めてでよくわからなかった。  ぽかんと見上げた僕の顔を覗き込み、その人は小さく首を傾げつつ言った。 「はじめまして。私はマヤ。今日からここで君の身の回りの世話をさせてもらいます。よろしくね」 「・・・。マヤ?」 「そう」 「それ、なに?」 「え? ああ、名前よ。名前、呼びあったりしていなかった? 神崎先生と」 「先生のこと? 先生は、先生って呼んでた。先生は先生だから」 「なるほど。確かに二人だけなら名前なんてなくても通じてしまうものね」  独り言のように呟いてから彼女は、僕の顔をまじまじと眺めて問いかけてきた。 「じゃあ、君には名前、ないの?」 「MA503」 「それが名前?」 「型番って言ってた。先生が。でも呼ばれたことはない」 「なるほど」  なるほど。これも初めての言葉だ。見上げるのに疲れて起き上がった僕は、マヤという人を眺めた。  大きな目がじいいっと僕を見つめる。なんとなく居心地が悪くてごそごそすると、唐突に彼女はぽん、と手を打った。 「君の好きなものってなに?」 「好きなもの?」 「そう。食べ物でも、色でも、季節でも。なにか好きなもの言ってみて」 「・・・・ない」 「ないの? 一つも?」 「ない」  そう言って僕は再び寝転がり、ドームを見上げた。大丈夫、敵は来ていない。  そんな僕を見下ろし、マヤはなにかを考えているようだったが、ふいに身を乗り出して僕の顔の前に顔を突き出してきた。 「ソラにしましょう」 「ソラ?」 「あなたの名前」  楽しそうに言って、彼女は僕の顔の上から首を引っ込め、人差し指で頭上を覆うドームを指さした。 「いつも空を見ているから。だから、ソラ」 「空を見ているんじゃないよ。敵を探してる」 「……そうね」  ふっとマヤの顔が今までとは違う顔になった。少し、先生に近い顔になった気がした。 「あなたはそれが役目だものね。ずうっとそうして空を見上げ続ける。でも本当にそれって正しいのかしらね。あなただけにすべてを負わせて」 「よくわからない」  マヤがなにを言っているのかわからない。もう一度身を起こして彼女を見ると、彼女は鼻の上にしわを寄せるようにしてから小さく首を振った。 「いいえ、いいの。じゃあソラ。今日は私が腕によりをかけておいしいものを作るから。夕ご飯、楽しみにしててね」  夕ご飯。  これもまた聞いたことのない言葉だ。首を傾げたが、マヤは気にせず、さっさと僕の横から立ち上がり、僕の部屋から出て行った。
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