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4.練習
マヤは先生と何もかもが違った。
先生は必要最低限のことしか僕に話しかけてこなかったし、用事がなければ僕のドームにも来なかったけれど、マヤはなにもないのにしょっちゅう僕のドームにやってきた。
そして僕に話しかけてきた。
「ここに花、植えてもいいかしら」
「花?」
「見たことない? あ、ほら、この本にも載ってる」
そう言って、マヤはドームの片隅にある本棚から図鑑を取り出した。適当なページを開き、寝ころんだ僕の顔の前に突き出す。
チューリップのページだった。
「知ってる。本棚の中の本に載ってることならわかる。これはチューリップだ」
「実物を見たことは?」
「ない」
「じゃあ、植えましょう。ここは日当たりも良いし、きっと綺麗に咲くわ」
マヤがにこにこと笑う。それに倣って僕も笑顔、を作ってみた。
笑顔について教えてくれたのもマヤだった。
「いい? 唇をにいって横に引いてその両端を上に上げるの。うーん、それだと唇がとんがっちゃってるから、横に、横に! そう!
で、目もきゅーっと細めて。頬をぎゅーって上に上げる感じで!
そうそうそう!」
「これってなんでやるの?」
顔がなんだか痛い。頬を撫でる僕に、マヤは笑顔をしながら答えた。
「私はあなたが好きですよ〜。仲良くしたいですよ〜って相手に伝えるためよ」
「・・・・マヤは僕が好きなの?」
問いかけるとマヤは大きく目を見開いてから、唐突に僕の体をぎゅっと自分の体に押し付けた。マヤの体で息ができない。
じたばたしている僕の耳に、マヤの声が聞こえた。
「もちろん。あなたはとっても素直で優しい子。自分のことを顧みず、こんな私たちを守ってくれている。本当に、優しい子」
マヤの言うことはときどき、わからなかった。
ただ、マヤが僕を好きと言ってくれたことがとても嬉しかった。
そしてマヤが植えたチューリップが二度、咲いたころ。
あれがやって来た。
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