神在島

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「好きな人の寝顔ならいくら見てても飽きないよ。 カズくんもそうじゃない?」  確かに音亜の寝顔ならどれだけでも眺めていられる気がする。 「……そうかも…………ふぅ。 なんかこんなゆったりとした時間久しぶりだな。 東京で毎日見聞きしてた喧騒が嘘みたいだ」 「やっぱり帰りたいって思う?」  正直なところ、東京は生まれ故郷だ。  それなりにホームシックな部分はある、が。 「いや、それは無い。 あんなブラック企業に死ぬまで使われるのは、もうコリゴリだからな。 素直にこのまま田舎で養生するよ。 音亜が折角下調べしてくれたのもあるし」 「そっか、だったら私も安心かな。 また過労で倒れられたら困るもん」  俺が東京で暮らしていた頃、働いていた会社はいわゆるブラック企業だった。  定時退勤なんて無いと同じ。  1日平均労働時間が18時間は当たり前。  休みなんざ無しという、お手本のようなブラック企業。  それが俺の前職だ。  あの時、音亜と出会っていなかったら今頃どうなっていた事か。  想像もしたくない。 「いつも俺の事考えてくれてありがとな、音亜。 感謝しても尽きないよ」 「ふふ、お互い様だよ」  それ以上言葉は要らないと言わんばかりに、音亜はキュッと握りしめる。  俺もその手を優しく握り返すと、彼女は肩に頭を置いてきた。  都会の暮らしに疲れた心に寄り添うように。 「神在島ー、神在島に到着いたしましたー。 五分後に出港致しますので、お降りのお客様はお急ぎくださいませー」  神在島に着き、客が忙しなく降りる準備をしていると、船長の声と汽笛が木霊した。   「だそうだ。 俺達もそろそろ降りるか?」 「うん。 でも一枚だけ良い?」  音亜が取り出したのは今時珍しい一眼レフ。  スマホの画質が良いこの時代に、音亜はわざわざカメラを持ち歩いている。  彼女曰く、暖かみがあるからだそうだ。
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