はるさめ頭

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はるさめ頭

あの背の高い男性は『光』、あっちのギャルは『心』、若い女性の二人組は、『希』と『望』。 顔が似ているから、もしかしたら姉妹かもしれない。 二人で『希望』。 そういうやり方もあるのか。 いろんな想像をしながら、街行く人のはるさめの向こうを眺めた。 とうとう僕もはるさめになる。 固い決意とワクワクを抱えながら美容院を目指した。 「いらっしゃいませ」 「予約した山本です」 「お待ちしていました。どうぞこちらへ」 男性美容師さんのあとをついて行く。 彼は、『太陽』だった。 鏡越しに見る彼は、太陽のように明るく人懐っこい笑顔だった。 「太陽っていいですね」 「そうでしょ? なんか自分にぴったりというか、しっくりくるんですよね。親に感謝です」 彼は、笑顔のまま担当の田中と名乗った。 「お客様もはるさめのご希望ですよね?」 「はい。楽しみと緊張でドキドキしてます」 「分かります。僕もそうでしたから。でも、今まで百名以上見てきましたが、どの親も子どもに愛情があるんですよね」 美容師さんがそう言うのなら大丈夫だ。 首にタオルとケープが巻かれ、ここまで来たのだから彼に任せようと心を決めた。 若者の間で、髪を透明に染めることが流行していた。 黒い髪が透明になると、はるさめみたいになるので、『はるさめ』と呼ばれている。 30年前、生まれた赤ちゃんの頭皮に漢字や言葉を刻むことが義務化された。 なぜそのようなことが義務化されたのかというと、将来薄毛になることが楽しみになるようにというバカみたいな理由だった。 もちろん反対意見もあったようだが、親たちは名前をつけるのと同じように子どもへの愛情を頭に刻んだ。 最近は、薄毛になる前に自分の頭皮に刻まれた言葉を知りたいという若者が増え、ついに黒髪を透明にすることができる薬剤が開発された。 雑誌を読みながら時々、鏡越しに自分の髪を確認した。 黒い髪に薬剤が塗られているだけで、まだ透明ではない。 雑誌の髪型特集は、もっぱらはるさめ特集だった。 誌面には、きれいな文字が並んでいた。 どの人もみんな自分の頭皮に刻まれた文字に満足げな笑顔を浮かべている。 意外だったとか、もっと違う漢字が良かったと嘆く人も少数いた。 たとえば、『宇宙』と刻まれた男性は、壮大すぎると照れ、『王』と刻まれた人は、恥ずかしいとすぐに黒髪に戻したそうだ。   うちの親はどうだろう。 いたって普通の家族だ。 サラリーマンの父親と週に4日パートに出ている母親に、僕の2個下に妹がいる。 風呂上がりにパンツ一丁でビールを飲む父親に対し、母は「やめてよ~」と軽くたしなめるような仲が良すぎもせず悪くもない、悪く言えば面白味のない親だ。 僕の名前も『拓也』というありふれた名前なので、奇抜な言葉や独創的な漢字を選ぶとは考えられない。   この特集記事のはるさめ言葉ランキングの上位にあるような、『心』とか『光』あたりだろうなと予想している。 「じゃあ、流していきますね」 シャンプー台に案内された。 まだ髪は黒い。 シャワーで薬剤を流すと透明になる。 「楽しみですね」 顔に掛けられたガーゼの向こうで、若い女性スタッフが言った。 彼女は、丁寧にシャンプーをしてくれた。 そして、髪をタオルで拭きながら「あっ!」と小さく声を上げた。 それから、「少々お待ちください」と慌てたように僕の担当美容師田中さんの元へ走った。   今、僕の髪は透明になっているはずだが、鏡がないので分からない。 染め残しでもあったのか、彼女は、ひきつった顔で田中さんに説明をしていた。 「こちらにどうぞ」 田中さんは僕の元にやって来ると、鏡の前に案内した。 鏡の中の僕は、スキンヘッドのようになっていた。 よく見ると、本当に透明の髪が生えている。   田中さんは、鏡越しに僕の顔を見ながら、言いにくそうに言葉を発した。 「お客様、黒髪に戻しましょうか?」 「えっ! どうしてですか? なんて書いてあったんですか?」 田中さんは、視線を落とした。 「非常に言いにくいのですが……」 「なんですか? 言ってください!」 僕は、思わず大きな声を出した。 周りのスタッフやお客さんが僕に注目した。 受付にいる二人の女性スタッフは、僕の後頭部を見ながらひそひそと会話をしている。 僕は、田中さんの顔をじっと見つめた。 彼は観念したように僕に質問をした。 「ちなみに、1から3の数字でどれがいいですか?」 「えっ! 数字?」   鏡の中の田中さんは、こくりとうなずいた。 「1から3……えーっと、じゃあ、2にします」 田中さんは、僕の後頭部を目で追うと、こう答えた。 「大凶です」 それから、鏡を僕の後頭部に当てた。 僕の後頭部には、縦と横に線が描かれていて、はしごのようになっていた。 3本の縦線の始まりには、1から3の番号が振られていた。 2番の線を下っていくと、大凶……あみだくじだ。 「変わったご両親ですね」 なんで! どうして! なぜあみだくじ?  しかも大凶を引いてしまった。 「戻します?」 「……はい」 未来の自分のために、僕はワカメをたくさん食べることを決意した。
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