2人が本棚に入れています
本棚に追加
一 逢魔ヶ時の森
都市の悲鳴が聞こえる。鈍色の空が喘鳴を繰り返す。鉄が瘴気を放ち、石の上の命を蝕んでいく。
今日も窓の外に煤塗れの亡霊が往来する。今は太陽が怠ける盆の頃。外で嘆く風が枯葉を運び爪先で引っかくような鳴き声を出す。窓の外ではホタルに似た灯が浮かんでいた。間もなく日が沈み夜に至ると湿気が薄い玻璃に貼り付いてくる。隣の粒と合わさって重力に従って伝うさまは融けた黒曜の鏡のように昏く我々の影を映し出す。
「なあ、エヴァン。今度の休みさ、夕方になったら散歩行かねぇ? 近所にちょうどいい森があっただろ」
シチューを食べていたわたしに対しアカシアは提案した。
彼はアイルランド系移民の子孫で表向きはわたしの召使いである(実のところ男友だち等しい)。父が救貧院から引き取ってきたほぼ同い年、推定一三歳の少年で、今は父が営む洗濯屋の手伝いをしている。こと会計に於いては腕が良いと聞くし、事実計算はわたしよりもずっと早い。彼はシラスウナギのような長く白い指でくるくると器用にスプーンを回していた。彼の左手前にはビーチ材の子ども椅子があり、レイフが行儀よくじゃがいもを噛んでいた。彼は四歳のスコットランド人の少年で父の得意先から預かった子である。
「レイフさ、硬い肉も食えるようになったし、食事の時間になったら呼ばなくても来るし、走れるようにもなってきただろ。そろそろ長めの散歩に連れていっていいと思うんだ」
「バカなことを言うな。この子はまだ四才だぞ」
わたしは砂を吐くように返答した。
「こいつ大人しいだろ。迷惑になるこたぁないって」
「違う。子どもを夜に出す方が問題なんだよ」
フォークで刺すように咎めるとアカシアは頬を少しばかり膨らませる。レイフが日毎育つことは当然喜ばしいことであるし、この上なく利口な子であることを彼の両親と同じくらい理解している。
しかし彼はアルビノである。髪と肌は清らかな雪のように白く、雀斑はウサギの足跡のように愛らしく、瞳は紫水晶の美しい。反面これらは脆く希少な宝玉のように繊細であった。晴天は髪と肌を炙り目を潰してしまう。
最初のコメントを投稿しよう!