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「別れましょう、あなた」
長い睫毛に縁取られた瞳が、白目を剥いた僕を映す。
「後々のことは全て、秘書に任せておいたわ。親権はあなたにそっくり渡すから、今からその子を抱いて、家から出て行って頂戴」
「今から?」
「今から」
次に、妻は細い腰に手を添えて、澱みなく言った。
「な、なにを急に言い出すんだい」
僕は、ぐっすりと眠る娘を片手に抱き、もう片方の手で寝ぐせを掻きあげる。その声は自分でも驚くくらいに、情けない声だった。
それもそうだろう。夜泣きをした娘のために、パジャマ姿のままリビングを周っていた最中だ。そんなときに切り出されても、一体何て答えればいいのか。
ましてや君は、僕が夜に弱いことを知っているくせに、こんな時間に別れ話。君の方はきっちりと、馴染みのスーツに身に纏い、髪もしっかりまとめちゃって。
眠気眼で視界が霞み、暗がりに立つ妻の表情がよく見えなくなった。娘の泣き声で起こされた頭は、もやがかがったようにぼんやりとして、別れ話でさえもはっきりと聞き取れない。僕が弱っているところに割り込んで、言い訳もさせない算段なのか。
妻は、動揺する僕とは残酷なほどに対比して、整然とした面持ちで何かを語り続けていたが、僕は捉えることもできずに、愕然として俯き、ひたすら一人で思考を巡らせるばかりだった。
なぜ、僕らは離れなければならないのか。
僕の何が悪かった? 僕らの何がよくなかったのだ?
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