AM2:30のさようなら

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 確かに、僕たちの結婚生活は他のカップルより、ハードルは高かっただろうよ。  国際結婚として、それぞれの両親との一悶着もあったし、言語の壁、文化の壁、違う容姿を持つ者としての偏見や差別に苛まれたときだってあった。  それでも、僕らは、少なくとも僕は、一緒に乗り越えてきた自負はある。その困難を前にしたって、ともに生きていきたいと何度も誓い合ったはずじゃないか。  それが理由だとは思えない。だとしたら次のこと、子育てのことだったのだろうか。僕はそれでも首を振った。自然と涙が飛び散っていく。  いいや、それだって違う。現に僕はこうして、娘の夜泣きをあやしている。出産はどうしようもないとして、子育てを君一人に任せてきたつもりは毛頭ない。それも手を取り合ってやってきたはずじゃないか。  ならば、あと一つ。君と大喧嘩したときのことだろうか。  確かに、あのときは本気で、互いに夫婦の契りも忘れ、男女の差も忘れ、殴り掛かるくらいに激しくぶつかりあったね。けれど、僕は悪いとは思わないよ。だって、君がいきなりそんな夢を語りだすなんて、ありえないことだったじゃないか。僕は君を応援してきたつもりだったけど、それだけはどうしても許容できなかった。僕の方から離婚を切り出したくらいだった。  そんな風に、他のカップルでも滅多にしない危機だって、必死に互いにしがみつくようにやり合って、話し合って、それでも一緒にいるって最後には決めて、だからこそ決して離れない絆が強まったはずだろう。  ああ、ダメだ。思い出そうとすればするほど、僕にとっては苦くても甘く、そして今となっては全て愛おしい、思い出の毎日だと知って涙が止まらなくなってくる。  別れる実感を間近にして、君への愛を思い知るんだ。  「分からない、分からないよ……」    眠る娘の顔に大きな雫を垂らす僕を前にしても、君はこちらに一歩も寄ることもなく、仁王立ちに構えるだけだ。  やがて風が吹いて、後ろから勝手に扉が開かれた。途端に光が差し込んで、君が逆光に見えなくなった。すると、背後から吹き込んだ風に靡く君の髪の隙間から、物々しく入ってくる人影を捉えたのだ。  君と似た肌の色、同じ色の瞳、神妙な表情で入ってくる背の高い髭面の、見知らぬ男。  ああ、やはり、そういうことか、そういうことだったのか。
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