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夏野は幸村のことを一瞥した後、ジョッキに口を付けてビールを一気に飲み干した。そして、質問に答えることもなく店員におかわりを注文する。その態度に幸村はさらに苛立ち、夏野の腕を掴んで自分の方へ顔を向けさせた。
「おい」
「え、ダメ?ダメなら幸村さんが飲んで」
「違う。何で答えないんだよ」
「前も言ったよ。もう働きたくないし、幸村さんがペット欲しいって……」
「それだけじゃないだろ。それだけの理由でお前がそんなこと言うとは思えない」
腕を掴んだ幸村の手に力が入り、夏野はそれを引き剥がそうとする。
「痛いんだけど。離せよ」
「お前がちゃんと理由を言うまで離さない。言えよ」
幸村のその言葉に、夏野はぴくりと眉を動かした。
小さく舌打ちをする音が聞こえ、幸村がやり過ぎたと思ったその瞬間、痺れるような痛みが手首に走り思わず手を離した。
「いっ――……」
幸村の口から吐息のような声が漏れる。夏野に手首を捻りあげられており、余りの痛みに声も出せず、鋭く光る瞳を見つめたまま固まった。
「えっ……あ、ご、ごめん……幸村さん。ごめん、俺、そんな……」
一瞬の静寂の後、夏野はハッとした表情を浮かべ、その手を離すとひどく困惑した様子で謝罪した。
「……いや、俺も悪かった。ごめんな」
未だに痺れの残る手首をさすりながら、幸村は怯えて目を伏せた。恐怖の原因は手首を掴まれたことだけではない。夏野に睨まれた時、彼は金縛りにあったかのようにその瞳から目が離せなくなり、心臓を鷲掴みにされるような恐ろしさと、体を内側から撫でられるようなもどかしさを同時に感じたのだった。そして、その視線から解放された今も顔を上げることができずにいる。
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