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日付が変わるまで飲んだ翌日の土曜日、飲み屋街にほど近い場所にあるビルの1室で幸村は気怠そうに座っていた。台本を読み上げる棒読みの声が狭い会場に響く。
「それでは、マッチングの発表は以上となります。本日は当社の街コンにご参加いただき、誠に――」
彼女と別れたばかりで、どうしても一緒にこのイベントに参加してくれと頼み込んできた同期の川上は、見事マッチングした女性と会場の隅で何やら話をしている。
集まった合計30人ほどの男女は、浮かれたり、沈んでいたり、色とりどりな表情を浮かべながら次から次へと去っていく。幸村はぼんやりとその様子を眺めながら、ノロノロと席を立った。前日の酒が残っているのか体が怠い。
「すまん、幸村。俺、この後、あの子と……」
ようやく幸村のところに近寄ってきた川上は、謝罪しているとは思えないほど嬉しそうにそう言った。それもそのはず、この会場で最も魅力的と思われる女性とマッチングしたのだから。
「……だよな。頑張れよ」
待つだけ無駄だった、そんなことを考えながら、誰ともマッチングできなかった幸村は1人ビルの出口へと向かう。幸村が第1希望として番号を書いたのは、今川上の隣にいる女性だった。しかし、彼は彼女に好意を抱いていたわけではない。川上が彼女を狙っていることに気が付き、万が一自分とマッチングしたら2人を引き合わせようと考えていたのだ。そして、その策略は見事に自尊心を傷付けるだけの結果となった。
――待つだけじゃない。来るだけ無駄だった。畜生、川上め。今さら羨ましくなってきた。はぁ、早く帰って猫動画を摂取せねば。
接待ゴルフもない貴重な休日を無意義に消費してしまったことと、川上への嫉妬による苛立ちを抱えながら、スマホを片手に急ぎ足で歩き出す。ビルの階段を降り、出口を出ようとしたその時、幸村は目の前で突然立ち止まった人物の背中にぶつかった。
「あっ、すみませ……」
「え?……あれー、お兄さん、さっきの街コンにいたでしょ?」
猫のような丸い目が幸村を見下ろし、耳障りのよい低い声が聞こえてくる。それは、胡桃色の髪と琥珀色の瞳を持つ大学生風の背の高い青年だった。
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