第1章

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第1章

 Dynamicsというものの存在が世間に認知されるようになったのは、今からたった40年ほど前のことだった。全人口のうち約10%ほどの人間はその体の中にDynamicsという不思議な性質を持つと言われている。Dynamicsには2つの種類があり、1つはDomと呼ばれる他者を支配したいという欲求に繋がるもの、もう1つはSubと呼ばれる他者から支配され庇護されたいという欲求に繋がるものだ。これらの欲求は性的欲求と深い繋がりがあるため、第二の性別などと呼ばれている。また、それぞれのDynamicsを持つ者のことをDom、Subと呼び、Dynamicsを持たない者をNeutral――数年前まではNormalと呼ばれていたが、差別的だとして変更された――と呼ぶ。  かつては性格や性的嗜好と考えられていたものが、国際的な学術誌により個々人が生まれ持つ身体的性質であると明らかにされてから、そのための医療技術が広まり、先進諸国の大物政治家や世界的アーティストが自身の持つDynamicsを公言するようになるまではほんの数年の間だった。  それからさらに数十年が経過し、世界各国はDynamicsを持つ者のためにあらゆる変化を遂げた。DomとSubは男女でいうところの性行為に当たるPlayを定期的に行わなければ体調を崩してしまうと言われている。そのため、多くの国でそれまでの婚姻制度とは異なる、Playのためのパートナーを持つことに関する法律が整備され、また、Dynamicsの衝動を抑えるための投薬等を適切に受けられるように医療制度が見直されたのだった。  Dynamicsを持つ者は、同時に秀でた才能やカリスマ性を持つことが多く、各分野のトップにいる者はほとんどがDomかSubだと言われている。この国では15歳までにDynamicsを調べるための検査を受けることが義務付けられており、その検査でDynamicsを持つと診断された子を持つ親の多くは、我が子をそれに相応しい学校――公にはされていないが、Dynamicsを持つ者だけが入学できると言われる学校が各地に存在する――に進学させる。それにより、Dynamicsを持つ者と持たない者の隔たりは広がり、人口の大部分を占めるNeutral達はDomやSubのことを自分とは異なる華やかな世界の人間だと考えるようになっていった。  幸村朝陽(ゆきむら あさひ)も、そんなNeutralの1人だった。会社に向かう電車の中で彼がぼんやりと見上げる釣り広告には、Dynamicsに関する煽情的な見出しが躍る。 「大物Sub女優達が溺れるDomとの×××なPlay特集」 「Dynamicsは存在しない?!専門家が指摘する裏社会の陰謀」 「我が子をDom/Subにする秘訣は妊娠中の○○にあった」 「海外では常識!Dynamicsを変える不思議な石」  自分にもDynamicsがあれば、もっと楽しい人生を過ごせるのだろうか。満員電車特有のむせかえるような熱気に揉まれて、幸村は心の中で小さくため息をついた。
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