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ムクドリが柿の実をつついている。中には、オナガも数羽混ざっているらしい。うごめく茂みのその向こうでは、雲ひとつない快晴が焦点を待ち受ける。
「ずっと一緒にいると思ってた」と彼女は言った。
「僕もそう思っていた」と言い、空の向こうまで見え透いている風を装った。実際に、目に写るのはオナガの美しい羽模様だけだった。
「私、これからどうしよう」
「多少のひいきはあれど、あなたは世界一の美人だと思ってる。だから、何事も大丈夫だよ」と言った。嘘は一つもなかった。ただ、その言葉のぼんやり加減は、僕の心を精巧に写実していた。
「なにがいけなかった?」と彼女が聞いた。懺悔か祈願か区別のつかない、またはその両儀的なものがそこにある気がした。
「わからない」と答えた。
空を飛行機雲が切っていた。雲のない空では、それは致命的なものだった。
「僕がもう少し大人だったら」と、燦々とした太陽を反射するアスファルトの上に、弱音が零れた。そして、一瞬で蒸発した。
「大恋愛をした」
彼女はそう言った。
日々を振り返り、題名をつける。大恋愛。これで終い。風が吹けば、飛んでしまうような営み。それこそが恋愛かと、無粋な思考が、僕の脳を走った。
柿の木は、その緑と茶色にオレンジを輝かせる。その恩恵を鳥達はむさぼりにくる。彼女も僕も、まだ若かった。人生はうんと長いのだろう。その長さを信じきれなかった。彼女の美しさは、流れる星のように思えた。それは完璧な美しさだった。しかし、あまりに短すぎた。美しさにはいつもそんな宿命があった。
「僕はこれから、神様に会ったと思って、生きていこうと思う」
それが宿命に対する、僕のとりあえずの答えだった。彼女はもういなかった。
鳥達は、一本の木を散々食い散らかすと、次の木へと全員で移っていった。その隊列と規則は、にわかには信じがたい錬度だった。なにか人知を超越した自然を目撃した気になったが、オナガの鳴き声が響くと日光が憂鬱を帯びたものに戻った。どうしてこうなるのか、わからなかった。きっと、その無知が原因であるのだろうと思ったりもした。僕は大人になる必要があるらしかった。
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