SDGs

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大沼市竹下地区の真ん中を流れる河川。 この川のおかげで竹下地区は肥沃な土壌が広がり、かつて農業が栄えた。それに対して、川の流れに土が削られず残った竹台地区は、たいした作物も育たない荒涼とした土地だったらしい。 しかし現代では、工場の誘致、農地の宅地化による人口の流入があり、竹台は市の中心となった。逆に竹下は、古くからの人たちが多く住み、高齢化が進んで耕作放棄地が広がる取り残された土地となったのだった。今日、博物館に雛人形を持ってやってきた斎藤さんも、かつては農業を営んでいた竹下の住民の一人だった。 「すごい話だね。それ。120年に一度の祭り?」 「うん。館長も驚いてた。お寺の古い記録帳に書いてあったのを館長が以前、読んだことがあったんだって。忘れてたってさ」 竹下から竹台へ続く長い坂、荷竹坂の麓に立つ分譲マンションの5階。それが夫、田宮弘和と私、田宮留美の住居だった。 同い年の私たちは4年前に結婚した。 一人旅でこの場所を訪れ夕食を摂っていた私が、仲間と酒を飲み、盛り上がっていた弘和さんにナンパされたのだ。まあ、寂しくはあったし悪い気はしなかった。悪い気がしないまま私はその半年後にはこの土地に移り住み、中学校の教員をしている弘和さんとそのまま結婚したのだ。 私たちは夕飯を終え、晩酌のハイボールを飲みながら向き合っている。 「留美、読んだの?それ。お寺の記録帳だっけ。120年前の」 「うん。見せてもらった」 「来年は2020年。120年前って言うと、西暦1900年か。明治?」 「そ。明治33年。夏目漱石がイギリス留学した年だってさ」 「わあ。急に身近な漱石先生」 「ふふ。私もちょっと驚いたよ」 「でさ。なんて書いてあったの?お寺の記録帳」 「竹下部落ニテ竹ガ開花。祭ヲ催ス。村民踊リ賑ヤカ也」 「うん。そんだけ?」 「そんだけ」 「わあ。どんな祭りだったんだ」 「まったくわかんないんだよ」 「ははは」 弘和さん、ハイボールをぐびりと飲んで笑う。 「で、その斎藤さんだっけ、御老人。斎藤さんは、市で祭りをしてほしいって言ってるわけね」 「うん。博物館の方から市役所に掛け合ってくれないかって」 「うーん」 「斎藤さんが言うには、前回の祭りから120年前も祭りがあったらしい」 「前回の前回。だと」 「1780年。調べたよ。安永9年」 「ひゃあ」 「こっちは眉唾だけどね。そんな、ありえない」 「ありえないね。でも、ありえないと言えば」 弘和さん、ちらと台所の隅に重ねた二つのミカン箱に視線を向けた。 「ごめんなさい」 「いや。いいけどさ、別に。雛人形、直してどうするのよ」 「そんな。直した後の事なんて考えてないよ。斎藤さん、不燃ゴミにして捨てるって言うから、思わずもらっちゃったんだ」 そうだ。これが私の悪い癖。 私はこの土地に来る前、リサイクルの会社で机やイス、玩具や文具など、倉庫に入って修理専門の仕事をしていたのだった。それは、仕事と言うかむしろ小さいころからの私の悪癖だ。後先考えずなんでも直してしまう。 でも、その腕を買われ、私はこの土地では博物館の収蔵係をやっている。重宝され古い人形や調度品、農具などを時々直しているのだ。もう4年になる。 「留美が直して、もらってくれる人がいればいいんだろうけどね。これもSDGs」 「状態の悪い半世紀前の雛人形だよ。なかなかそれは」 「ははは。直したら家で供養してあげますか」 「そん時はお願いします」
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