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「ぶははははははは」 「ねえ。弘和さん」 「ぶはははは、あはは、あは」 「もう。嫌い」 令和2年(西暦2020年)2月2日。 日曜日、家でインスタントラーメンの昼食を摂った後、弘和さんはテレビの前のソファに座り、私は台所で三人官女の頭部を脱脂綿で拭いていた。 それにしても私の話に笑いすぎだ。腹が立つ。でも私は話を続けた。 「120年に一度のお祭りでしょ、昔何をやったのか詳細はわかんない。でも何かを踊ったことだけは確かなんだよ」 「うん、うん」 市役所に相手にされず、博物館主導で行うことが決まった「バンブーフラワーズフェスティバル」。会場は博物館の広い駐車場。日時は、ゴールデンウィーク明けの土曜日となる5月9日に決まった。 縁日の出店は、顔の広い斎藤さんが手配してくれることになったけれど、問題はステージの出し物だった。120年前、240年前、360年前の例に習って、踊りだけは外せない。 「でも踊りったって、当時どんな踊りを踊ったんだかわかんない」 「うん」 「多分、その時代時代の踊りを先人は踊っていたはず」 「そうだね」 「だったら、まあ、自分たちがやるのは今の時代の踊りでいいんだよねって。で。地元のダンススクールだとか、日舞の人に声をかけてみたんだって。だけど、丁度別の本番があるとかで日程が合わなかった」 「うんうん」 館長は困った挙句、踊りまで自前で用意しようとしたのだった。 責任者兼ダンスリーダーとして白羽の矢が立ったのが、博物館職員、南田あゆみさん、27歳。石器や遺跡を中心に研究している学芸員だけれど、休日にはダンスレッスンに通っているらしい。そこが買われたのだった。 他のダンスメンバーは、受付にいる私と同じ非常勤職員、主婦の寺本美里さん、30歳。高校の頃、チアリーダーとして母校の野球の応援をしたことがあるらしい。 そしてもう一人のメンバーが、私、田宮留美、31歳。 ダンス歴なし。運動神経、極めて悪し。なんで私を選ぶのか。 「その3人でステージに立つのね。留美、よくやる気になったな」 「みんなであんなに頼まれたら断れないよ」 「グループ名あるの?」 「あるよ」 「教えて」 「笑うから教えない」 「笑わないから」 「絶対笑うね」 「笑わないって」 しょうがない。 「荷竹坂46」 「ぶははははははは」 「もう離婚する」 「ごめん。離婚しないで。考え直して」 荷竹坂と言うのは、竹下地区と竹台地区を繋ぐ、私たちのマンションの背後にある長い坂の事だ。途中に無人販売の野菜売り場なんかがある。勿論この名前は欅坂46ファンの館長が考えたものだ。 「3人で荷竹坂で。で、曲は?曲」 「面白がってばっか」 「練習少しは協力するから。俺、体育の先生だから、ダンスも指導できるよ」 「おお。それは知らんかった」 「任して」 「よろしくお願いいたします」 「曲は?」 「サイレントマジョリティー」 「ぶはははははははは」 サイレントマジョリティーは、欅坂46のデビュー曲。 それにしても、弘和さん、腹立つ。もう。死ね。 「お」 「どうしたの?弘和さん」 弘和さんが注視しているテレビには、空から撮られた豪華客船が映っていた。 「ダイヤモンドプリンセスだよ。乗客乗員で3700人乗ってる」 「すごい。でっかい」 「中でコロナが蔓延してるらしい。明日、横浜に寄港だってさ」 「寄港したってさ、下ろせるのかなあ、乗客」 「どうなんだろうね」 去年の12月、突如として中国の武漢で発生したコロナウィルス。よその国の事だとばかり思っていたけれど、少しづつこの国にも近づいているらしい。 1月半ばには、国内初の感染者も出た。 「弘和さん。こんな田舎にも来るのかなあ、コロナ」 「実感わかないね」 「まあ、気を付けよう」 「そうだね」
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