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「君が普通の人に近付くのではなく、普通の人が君に近付いて欲しい。そうすれば争いも少なくなるだろう。私の夢でもある。おでこ出して」
珠緒はおかっぱ頭の前髪を上げた。掌を額に当てた。指の股が裂けるくらい拡げると指が脳に沈んで行く。小指の先で人生経路を回転する。
「あった、ここだ」
珠緒に影響を与えた医師との接点を擦り落とした。
「癪、家まで送り届けてくれ。寄り道はするなよ」
癪は空の切れ目に消えていく。
いつ帰って来てもいいように珠緒の部屋はそのまま残してある。目覚める前に金原と癪は部屋から移動した。
「珠緒、いつ帰って来たんだ?」
父の義勝は驚いて後ずさった。
「アフリカはもういいのかね?」
珠緒の笑顔を見て落ち着いた。
「おばあちゃんは?」
「おばあちゃんは五年前に死んだじゃないか、珠緒に電話で知らせた」
「ああ、そうだったわね」
消された人生経路から先は記憶が曖昧である。
「それでもうアフリカには行かないのかね?」
「うん、お父さんと一緒にお母さんの面倒を看るわ」
「珠緒」
義勝は嬉しくて涙が溢れた。下に降りて母玲子の枕元に座った。
「お母さん、お母さん」
指を握り見つめた。
「もう私のことも忘れてしまう。先日も買い物から帰ったら『どちらさんですか』って言われた。辛かった」
「お父さん、お母さんと二人にして」
「ああ、ワインでも買って来る」
義勝が買い物に出た。珠緒は胸にぶら下るお守り袋から名刺を出した。裏表を擦り上げる。
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